【おうち】スマートプラグを導入した

我が家は現在、リビング炬燵生活をしている。
炬燵というのは、他のあらゆる暖房器具に比べて、電源を切り忘れて外出したり就寝してしまうことが本当に多い。


どうにかしてこれを防げないか……注意力を上げるしかないのか……いや、それはちょっと。
ずっと考えては、行動に移さない日々だったが、ついに昨日インターネットにて解決策を探ることにした。


はじめ、プログラム付きコンセントタイマー?みたいなのがいいのかな? と思うに至り、Amazonとか楽天で探してみた。
「朝◯時にON」「夜△時にOFF」と設定し、就寝時の切り忘れを防ぐとともに朝も自動で暖めておくにはそれで十分。
でも、それでは外出時の切り忘れを防ぐことができない。


そうやって悩んでいたとき、いきなり関連商品として表示されたスマートプラグ。
これ! これだよ! わたしが求めていたのは。

関連商品の機能、すごい。ありがとうAmazon……
即購入して本日もう到着。
さっそく開封した。

/ コンニチハ!\

小さな箱にぎっしりつまってました。デザインもシンプルで良いなあ。
早速、説明書に従って設定してみる。
Merossというアプリで管理するらしい。

手元スイッチは常に適温でONにしておき、すべてをコンセントのON/OFFで操作するかたち。
IFTTT連携できるのも非常にありがたい。


そして、以下のようなことができるようになったよ!


・朝◯時にON(コンセントタイマーでもできる)
・夜△時にOFF(同上)
・家から離れたら自動OFF(IFTTT連携)
・家に近づいたら自動ON(同上)
・外出先から好きなときにON/OFF
・ONせずに炬燵に入ってしまってスイッチが遠くてもそのままスマホからON
・炬燵に入っていて、消したいって思ったらそのままスマホからOFF


こんなにも便利になる。
しかもすごく安い。


思わぬ効能(?)としてですね、これを導入したことにより、スマートスピーカーがほしくなってしまいました。
スマートスピーカー、絶対にほしくならないという自信があったのにな……
とてもほしい、悔しい……
だってスマートスピーカーあったら↑の下2つは手元にスマホがなくても可能になるんだよ?
どんどん動かない人間になりそうですが、いいんですそれで。


あとはスマートリモコン、これは前からほしかったけど本格的にほしくなってきたよね。
スマートプラグは、コンセントを入れたらONになるタイプの家電にしか使えないので、シーンも限られるのだ。


この快適さを他の家電にも拡げたい。拡げたすぎる。


そこでスマートリモコンなら、赤外線リモコンで動かすタイプの家電にも対応できるんだもんね……
今のところ機能的にもデザイン的にもNature Remo 一択かなあ。


何かがほしいときってね、
買ったときのことを事細かに妄想した結果、更にそれがほしくなって苦しむという自虐的な時間が必ず訪れますけれども。
今、その時がやってきたようだ……

▼スマートリモコンでやりたいこと(Nature Remo想定)。
・多すぎるリモコンを減らして部屋をすっきりさせたい
・外出先からエアコンをONしたい
・部屋温度が一定以上・以下になったら自動でエアコンつけたい
・外出時に複数の家電の電源OFFしたい
・食事のときに照明の色を変えると同時に食事向きの音楽を流したい

▼スマートスピーカーでやりたいこと
<リビング編>
・座ったままであらゆるものをON/OFFしたい
・好きなときに好きな音楽をすぐ聴きたい(SpotifyとつなげるならGoogle Homeなんですか?)
・食事のときに照明の色を変えると同時に食事向きの音楽を流すのも、声だけでやりたい
<寝室編>
・起きるときに朝の音楽が流れるようにしたい(寝室だけでなくリビングのほうでも流してほしい)
・眠る前に音楽かけてほしい
・眠る直前に思いついたことをメモしておいて、翌日の朝教えてほしい


昨日までは「別に、なくても全然大丈夫でしょ」程度のものが、
今は「確かになくても生きていける。でもあったらめちゃくちゃいいんだろうな…………!」くらいのほしさになってしまっているの怖い。


気になることとしては、オーディオ関連機器について、赤外線リモコンが角度によって効きにくくなるような収納をしていること。
Nature Remo 買ったとして赤外線ちゃんと届くかちょっと不安。


ていうかそもそも、自分の家のオーディオ機器がどういう仕組みになってるのか、わたしいまいち把握できていなくてですね…夫が全部やってくれて、彼にはこだわりもあるし。
要プレゼンです。


どうしよう。
2019年も、出費ばかりかさむ。
他にもほしいもの山ほどあるのに、また増えてしまったなあ。


生きているから仕方ないですよね……!


▼ 所属オケのクラウドファンディングですが、
 目標を大きく上回ってプロジェクト終了することができました!
 皆様のおかげです、本当にありがとうございました。

わたしが眠るときの話

どこかに逃亡したいと思うのだけれど、どこから、そして何から逃げたいのかは全然わかっていないので、どこに向かって走ればよいのかわからず、二歩や三歩どちらかに歩いてみたとしても、ずっとずっとまとわりついてくる何かの影に、途方に暮れ、絶望し、体力を奪われ、結果としていつも自らの中心へ倒れ込んでしまう。


寒いときも、暑いときも、わたしは内側に縮まり込んでしか眠れない。


布団から顔を出して目をつむっていると、何かが覗き込んでくる。
背中側に少しでも空間があると、何かがぴっとり寄り添うように忍び込んでくる。


暗闇は毎夜よそよそしく、自分の皮膚や毛髪がそれとの境界線になることが怖い。
大好きな縫いぐるみのことも、布団の外に出すことができない。
ただの怖がりなのかもしれない、でも。


どうか、わたしの身体に蓋をしてください。
「何か」ではないもの、既知のものに触れていたいと強く思う。


しかしいったい、既知のものとはなんだ?
自分自身ではなく、しかし親しみのあるものだろうか?
そんなものはこの世界に存在するのだろうか。


おそらくわたしは決定的に、ずれている。
自分というものの輪郭が、眼鏡を外した世界のように、何重にもぼやけるようにずれている。


皮膚の内側にさえ他者が満ちみちており、だからずっと何者かがまとわりついてくるのだろう。
本当に、どこにも逃げる場所がない。
そして、世界の何と接してもそれは他者で、そして同時にわたし自身である気がする。
この感覚がなくならない限り、「既知のもの」が存在することはできないのではないか。


あなたにとっても、あなたの手は既知ではないでしょう?


世界は自分の手のようなもので埋め尽くされ、それはわたしの体内にもめり込んでくる。
「そうでなかったときはあるのか?」と問う声がする。
確かにあったような気がするのだ。でも忘れてしまった。


縫いぐるみを背中にくっつける。
次第に、縫いぐるみまでが自分になる。
布団で自分をぐるぐる巻きにする。
次第に、布団までが自分になる。
壁と背中を密着させる。
壁までが自分になってしまったら、次はどうすれば良い?
もしも人間をくっつけたら、いったいどうなってしまうのだろう。


毎日、眠るのが怖い。
昨日も怖かった。一昨日も。
毎晩大量にお酒や薬を飲んで酩酊し、知らぬ間に眠りに落ちればきっと解決する。
けれどもそれは望まれていない。
では、何が望まれているというのだろう?


何もわからないまま、少しずつ真ん中へと縮まってゆく。
あらゆる場所に舞う糸くず、あれはわたしであるけれどわたしではない。
だんだんと、何本かが固まってフェルトボールみたいになる。
そうなると、もう浮かぶことはできない。


幼い頃は、窓からの光にきらきらする糸くずを見るのが好きだった。
温かい陽光に包まれて、まるで自分も宙に舞っているような心地だった。
あれは、わたしもまだそちらに近かったからこそ、得られた感覚なのだろうか。
もう体験することのない浮遊感なのだろうか。
どうすれば、糸くずに戻れるのだろう。
そんなことばかり考えている。

日記 2019/01/08

駅前のフルーツ屋さんにいて働いている人は、大体いつも駅前のフルーツ屋さんにいるのだなとふと思う。
そして花屋さんにいる人はいつも花屋さんにいるのだ。
どこか一定の場所に留まる、ということについて考えていたら電車が近づいて止まる音がする。
電車に乗って一定の場所に留まりにゆく人々の波。
留まったり留まりに行ったりして、気づいたら解体されているのが生きるということか。


美容院に行ったら忘れずに来たことを褒めてもらえた。
まだ3回くらいしか行ってない気がするのに本質を見抜かれているようだ。
頭皮が凝りすぎていて優しいシャンプーでも痛いくらいだったが、すぐに気持ちよくなったから、ほぐされたのだろうと思う。
カットをしてもらう間に『スピンクの笑顔』を読んだ。
最後まではたどり着かなかったから人前で泣かずに済んだ。
とはいえ、こじんまりとしたお店だから見られるとしても美容師さんにだけだ。
髪の毛に鋏を入れられても大丈夫な相手なら、泣いているのを見られることなど実はなんともないのかもしれない。


昼間にラインをしていて、スタンプって本当に言語だ、と感じた。
相手と同じスタンプでやりとりして初めて通じるものがあるのだ。
それはお揃いの喜びとかではなく、同じ種類のことばで話せることの嬉しさ。
今日はくたくたに疲れている。
しばらくは同じ種類のことばで話せる人としか話したくないと思った。


2日続けて3時間ほどしか眠れていない。
今日はもう少し眠りたい。

2019年にやりたい100のこと

あけましておめでとうございます。

新年最初の記事、タイトル通り、今年やりたいことを100個挙げてみる。

2019年がはじまった日、わたしは憧れの先輩 kondoyukoさんによる以下の記事を拝読し、

「なんだかすごく楽しそう! わたしも書いてみよう!」と思い立ったが……それから既に約1週間が経過し、今日ようやくの着手である。

1週間もあればやりたいこと1つくらいクリアできてたような気もするが、その可能性は見なかったことにして、とりあえず思いつくままにリストアップしてみよう。

絶対に達成しなければ! というものではなく、気軽な感じで、希望をもって、できそうな範囲で書いてみる。

様々な人が作っておられるリストを検索して見ていると、「〜したい」ではなく「〜する」と言い切るのが割と重要っぽい。

では、いきます。


  1. 月に5冊以上本を読む
  2. 読んだ本について感想を書く
  3. 月に10記事以上ブログを書く
  4. 1ヶ月ごとに写真を現像・印刷してアルバムに貼る
  5. iPhoneで撮る写真を厳選する
  6. 新しい構図で写真を撮る
  7. 写真を撮られる技術の向上
  8. 手帳に毎日「気分シール」を貼る
  9. 1日ごとに日記をつける
  10. 1日ごとに家計簿をつける
  11. 夢を叶えるためのノートを毎日つける
  12. 文フリに何かを出品する
  13. 月に1度は行ったことのない喫茶店に行く
  14. 毎週違うコーヒー豆を買う
  15. 新しいコーヒー豆を買ったらそれについてブログに書く
  16. コーヒーについて体系的な知識をつける
  17. 月に1つずつコーヒー用のC/Sを買い集める
  18. 自分のお店を開くとしたらリストに加えたいか? でワインを評価する
  19. 興味のあるワイン会に積極的に参加する
  20. ワイン関連の英語表現を覚えて実際に使ってみる
  21. 飲んだことのないウイスキーを飲む
  22. ブランデーを飲む
  23. 日本酒の記録項目を統一する
  24. ワインの記録の一覧性を高める
  25. 家から近くてひとりで行けるバーを探す
  26. 月に2種類はお菓子を作る
  27. 習った和菓子を家で作る
  28. 1日出店をする
  29. 新しい料理本を2冊以上買う
  30. 献立を決めてから買い物に行く
  31. おつまみのレパートリーを増やす
  32. アジア・エスニック料理のレパートリーを増やす
  33. 週の半分は魚料理をメインにする
  34. いろいろなスパゲッティを買って好みのメーカーを見つける
  35. 好みのお茶碗を買う
  36. 好みの和皿を買う
  37. 今年の結婚記念日にも好みの食器を買う
  38. まな板を買い換える
  39. 週に2日以上休肝日を設ける
  40. 5kg以上痩せる
  41. ボルダリングに行き前回の自己記録を超える
  42. 疲れの前兆を感じたら素直に休む
  43. ピルの飲み忘れをなくす
  44. 風邪をひかず健康に過ごす
  45. 夫にも健康でいてもらえるよう努力する
  46. ひとりの時間を積極的にとる
  47. 美容院にサボらず行く
  48. 久しぶりに髪を染める
  49. 肌を綺麗にする
  50. ゆっくりお風呂に浸かる
  51. お気に入りの入浴剤を常備する
  52. 脱毛器を買う
  53. 買ったことのないアイシャドウを買う
  54. お気に入りの香水を見つける
  55. 普段着用の着物を買い足すか自分で縫う
  56. 普段着用の帯を買い足す
  57. ワンピースを買い足すか自分で縫う
  58. シンプルなチノパンか綺麗めなジーンズを買う
  59. 革製品の手入れをきちんとする
  60. スーツケースを買う
  61. マフラーを編む
  62. リクエストされている帽子を編む
  63. ソーイング・ニッティング用品の整理をする
  64. 押入れをデスクに改造する
  65. アクセサリー収納をなんとかする
  66. もらった手紙類の収納をなんとかする
  67. 育てている苺を無事に収穫する
  68. 育てているローズマリーを初収穫する
  69. ミニバラ・パキラ・アボカドを枯らさずに大きくする
  70. 季節の花を植える
  71. 香炉を買う
  72. 積極的に美術展に行く
  73. やましたあつこさんの個展に行く
  74. 遠方に住む友人たちに会う機会を作る
  75. 観たい映画はすぐ観に行く
  76. 興味のある学会や講演会にためらわず参加する
  77. 着物で歌舞伎を観に行く
  78. クラシックの演奏会に行くとき洋装と和装を半々の割合にする
  79. 椎名林檎のライブに行く
  80. 新しい音楽を積極的に聴く
  81. 京都新祝祭管プラハ公演を成功させる
  82. プラハ滞在中チェコビールをたくさん飲み比べる
  83. チェコ語で挨拶ができるようになる
  84. ドイツ語を毎日少しでも読む
  85. 英語を毎日少しでも読む
  86. 思いついている研究テーマに着手する
  87. 宅建をとる
  88. ピアノの練習を再開する
  89. オーボエのケースカバーを買い換える
  90. IllustratorとPhotoshopに慣れる
  91. Twitterのフォロワーを増やす
  92. ラインスタンプを作る
  93. Splatoon2でS帯に行く
  94. なんらかの手段で収入を増やす
  95. 引っ越しのための資金を貯める
  96. 貯金口座を目的ごとに分ける
  97. ふるさと納税を枠いっぱいまでする
  98. NISA口座を活用する
  99. ストレングスファインダーを試してみる
  100. このリストの振り返り記事を書く

やっと書き終わった!
これけっこう大変な作業……

最初30個くらいで終わってしまい、あれ?わたしのやりたいことってこんなに少ないの!? と焦った。

しかし、無理にでも書き進めるうちに欲深さが増してゆき、90個に到達する頃には「100個では全然足りない」と思うようになっていた。

書くことは面白いですね。

今年が終わる頃、どれくらいの夢が叶っているのか? ちゃんと報告記事を書けるのか?
どうぞご期待くださいませ。

今年もよろしくお願いいたします。

Christmas dinner 2018

今年のクリスマスは本当にやる気がなくて、ディナーを作る日の朝もめちゃくちゃゆっくり起きたり、せっかく起きて朝食をとった後もすぐに炬燵に飲み込まれて更に長時間意識が消失したりと散々だった。

なぜこんなにも気持ちが乗らなかったのか、今でもよくわからない。昨年のクリスマスはきちんと気合いが入っていた記憶がある。一週間前くらいから作りたいレシピを印刷、メイン料理にも煮込みを設定したので料理をしている時間はかなり長かった。そのような諸々を思い返すととにかく気が重かった、同じことはとてもできない気がした。

昨年の日記を読み返すとそこにいる自分はあまりにも幸福感に包まれていてまるで共感を抱けず、そういうつまらぬ現在の自分自身にも幻滅、2017年にも2018年にも自分の好きな自分が生きていないみたいで、とにかくそのことについて考えるのをやめたい、という気持ちで炬燵に潜り込んだのはディナー当日の、ほとんど昼に近い朝であった。

先程は少し残っていた朝の空気がもうほとんど昼に染まってきた頃に目を覚ましたら、なんとすでに、夫の手によってスープが完成しているらしく気持ちはもっと焦る。前日から試作を重ね、当日更にバージョンアップして完成させるその計画力と実行力を前に、訳が分からなくなる。そのときわたしの気持ちはどこにいたのかというと、あの幸福な光に包まれていた2017年のクリスマスと、何もかも灰色でざらざらしているような2018年のクリスマスとの間、そのちょうど半分、おそらくは2017年6月頃の、存在しない日付の寝苦しい夜に落ちていた。

もうこのままわたしは戻れない。昨年も一昨年も、いつもやっていたことをできないままでクリスマスが終わり、人生もまたこのようであるのだろうか。

そう思っていたとき、じめじめした暗がりに突如として光が差し込む。わたしの座り込む夜の底の遥か頭上にある、カレンダーの罫線のあたりからめり込んでくる、銀色のゆるいカーブ。その上には、たまごとミルクを混ぜたような優しい色の液体がゆらめいていて、やがてとろとろと、わたしの全身に降りかかった。生命の象徴のようなその黃色は、わたしの身体だけではなく、無限に続くと思われた夜の底一面に広がってゆき、頭上から差し込む銀色とそれに反射する光がその様子を照らし、そうして夜が夜でなくなり、ついにわたしの実際が明るみに出されたのだ。

スプーン一杯の味見に、こんなに救われることがあるとは。全身を満たす味。それは不思議と、口内から染み渡るというより、皮膚の外側からもたらされる心地よい充足感であった。わたしは食べているのか、それとも食べられているのかよくわからなくなるくらいに、包まれる思いがした。食べるっていったい何なのだろう。人を救う料理というのは本当にあるのだ――と思った。

白ワインでできたそのスープが、今回のクリスマスの主役であったと思う。それを味見したあと、とりあえずスーパーマーケットに行ってみたらうつくしい丸鶏を発見、ずっと作ってみたかったけれどなんとなくチャレンジせずにいた丸々一羽のローストチキンを今年ついに作ることができた。前菜はエビを買ってきて茹でてカクテルにしたり、野菜とタルタル風にしたり、シンプルだけれどいい感じだった。近くにあるフレンチレストランが手がけるケーキも、ずっと食べてみたかったのをようやく買うことができて、予想していた以上に美味しくて、嬉しかった。用意していたワインはすべて幸せな芳香を放ち、ろうそくの静かな炎に照らされて、まるで液体の宝石であった。

何もかもが救われて、ほんとうの夜が来た。れっきとした2018年12月24日の夜に、わたしはいた。

【料理記録】2018年おうち料理・おやつまとめ

サボり続けていた写真の現像に、本日やっと手を付けました(終わりました!祝)

現像過程で、自宅で食べたものの写真がたくさん出てきたので、抜粋して載せてみることに。

2018年に作ったり、作ってもらったり、一緒に作ったり、買ってきたりしたものたち。

パスタは全て、夫の手によるものです。ほぼ毎週末作ってくれます。

おやつもまとめてみましょう。

こっちは、お土産の板チョコ以外は自分で作ったものです。

週末に焼菓子を作ることが多いです。

美味しい1年だったなあと思います。

こうして並べてみると、もっといろんな器を増やしたくなるね。

来年はどんなものを食べるのかなあ。

9記事目にしてblog titleを変える

frei aber einsam、とか格好つけたことを言っていて、それはその時の本心だったし今でもとても好きなフレーズではあるけれど、もっと格好つけていこうと思った。

せっかくドメインも取ったしドメイン名そのままで、自分をもっと売り込んでいこうかなと思った。

「seramayo.com」

一晩眠って明日になったら後悔してるかもしれないけどまあ別にいいよね。

ファビコンもマヨネーズにしたよ……!


前に同じハンドルネームで(というか本名で)作っていたブログが2年前くらいに炎上したのを知っている人も多いと思う。

あのときブログごと削除して以来、正直言ってエゴサするのがほんとうに死ぬほど恐ろしい時期が続いた。

エゴサだけじゃなくて何かを表明することすべてに恐怖感がつきまとって、インターネット上だけではなくリアルにも当たり障りのないことしか言えなくなって、生きることがどんどんつまらなくなっていた。


でも、先日なぜか久しぶりにTwitterでこういう感情になって↓

そして今日はけっこう好きなように生きてそうな高校の友人(とは言っても高校時代は全く喋ったこともなく、今日が実質的な初対面だった……)と話して、

そう言えばそうだった、わたしはもう既に余生を生きているというか、生きているはずのない時間を生きている、というか、何なら一度死んだ気分で生きてるんだったし、他人に好かれようと嫌われようともっと好きなことしていいんだったなーって思い出したのだ。


わたしはずっと本名でインターネット活動をしていて、わたし世代の人からはそのことを危険視されたり心配されたりするけれど、自分自身の中にはなぜか恐怖心が全くない。

炎上したときでさえ、本名でブログやってたことについては別に後悔しなかった。

自分の名前や、自分自身をあまり大切にできていないのかな?

だけど自分の名前は面白い響きだし、由来も好きだし、他人からも覚えてもらいやすく、そういう意味での愛着はある。

でも一番の理由は他にあって、わたしにとってブログは「愛着形成の場」なのだと思う。ここにすべてを告白することで、安心して外に出て行けるという感覚がある。

名前も含めて自分のすべてを投げ出し、委ねても許される場所なのだ。つまり幼い子どもにとっての親のような居場所。

2年前のあのとき、そんな居場所が土足で踏み荒らされた。とてもしんどいことだった。生まれ育った家に侵入され、あらゆるものを盗まれて破壊され、親を殺された気分であった。ブログを削除するのは、つらい記憶を忘れるために家を手放すようなものだった。

――と、今になっては思う。

だから、こんなブログタイトルを付けられるようになったのは、わたしにとっての「喪の作業」が終了したという証であると思う。

目出度いですね。


2019年はもっと刺激的な年にしたいなあ。もっと好きなことをしたい。

何人かの人には言っているのだけれど、わたしは将来、お店的な/ワークスペース的な/私設図書館的な何かを開きたいと思っている。

みんなが何かしらを創造できる場所を用意したい。絵を買いたり、勉強したり、編み物したり、仕事したり、本を読んだり……

「あらゆる人の、あらゆる世界の創造に立ち会いたい」と強く思う。

開業費用の目処が今まったく立たなくて、とは言え何かしら夢に近づいて行かなければならない。

Wine Expertの資格を取ったのも実はその一環で、お酒を飲みながら作業できるような場にしたいので、とりあえずワインを勉強してみたのだ。

今年の後半は、お酒に合いそうな、スパイシーなお菓子を少し作ってみたりもした。でもまだまだマリアージュに遠く及ばない。

これに関してはもしかすると、お酒の方の知識が足りていないのかもしれない。ウイスキーは好きだけど、ブランデーに関してはまったくの無知だし。

来年はどうしようかな。

・珈琲を勉強する
・引き続きお菓子作りをする
・蒸留酒を勉強する
・ワインリストを作ってみる
・カップ/ソーサーを集めはじめる
・どこかで1日出店をする

こんな感じかなあ。

もちろん、素敵なお店を知って体験することも大切だと思っているので、おすすめの喫茶店やBarをご存知の方、ぜひデートにお誘いください。


楽しい年になりますように。

今年も生きるのがつらい日ばかり訪れたし、来年もきっとそうなのだろうけれど、そんなときは自分がすでに一度死んでいるって思い込んで、気楽に暮らすことができますように。

そして、自分の夢に向かって精一杯がんばれますように――これは幼い頃、母に教えてもらった祈り方。今もずっとそうやって祈っている。きっと初詣でも同じように祈る。


祈るって何回も書いていたら「愛は祈りだ。僕は祈る。」っていう書き出しを急に思い出した。舞城王太郎って天才ですね……

今思えばあの本を手に取ったとき、自分の中のギアが回りはじめた。グロい話を読むことを親には心配・反対されたけれど、高校時代の家庭科の先生が舞城王太郎で書いた読書感想文を褒めてくれて、そのことがわたしにとってすごく大きな生きる糧となった。

来年は読書の習慣も復活させよう。

人は自分の中にある文体でしか思考ができない。言葉遣いというのは思った以上に重要だと考えている。だから高輪ゲートウェイとか、一億総活躍社会とかの最近のダサすぎる言葉遣いを、わたしはとても憂慮している。

飲み込まれたくない。自分の言葉で生きたい――そのためにはできるだけ多く自分以外の言葉を味わい、咀嚼し、飲み込まなくてはいけないのだろう、逆説的なようだけれど。


なんだか来年の抱負をたくさん書くことになった。

年内にあと1記事くらいは更新できればいいですが、もしできなかったときのために……皆様、どうぞ良いお年をお過ごしくださいね。


▼所属オケがCAMPFIREにてご支援を募っています。よろしくお願いします!


「復興支援」とは何か

「復興支援コンサート」というものを、わたしはずっと昔から、あまり信用していなかった。

演奏をして、お金を集めて送るとしても、それが本当に一番良いやり方であるとはどうしても思えなかった。
それに、復興支援のための演奏会であっても、当日舞台の上で感じることはいつもと同じ。
本番はいつもどおり、ふつうに楽しい。

そんなことでいいのか?
この演奏会で舞台に乗るために払った参加費を、そのまま寄付するほうがいいんじゃないか?
頭の中のもうひとりの自分にそんなことを言われて、言い返すことができなかった。

だからこれまで、復興支援と名のついたコンサートに出演することがあっても、そのことをあまり宣伝してこなかった。


2018年、春。
ひょんなことから、所属オーケストラの復興支援コンサートの運営委員会に加わることになってしまった。

しかも、海外での公演。オケとして初めて。
あの有名なスメタナホールをおさえてある。
気鋭の作曲家に新作を委嘱し、それを引っさげてゆく。
現地のプロとも共演する。
――もちろんお金がかかりすぎて、寄付がないと成り立たない。

大丈夫なのか? と心配になる企画。
なぜ、運営に携わることにしたのか?
頼まれて、断れなかった。本当に、それ以外に理由はなかった。

その日以来、わたしの中で自分との闘いが始まった。
なぜ、「復興支援コンサート」というものをやるのか?
それも海外で。
本当に必要なのか?
まず自分に説明できるようにならなければいけなかった。

すべてが困難であった。
復興支援と言っているけれども、本当はただ海外で演奏したいだけなんじゃないのだろうか。
その欲求を叶えるために、復興支援という言葉を濫用しているのではないか。
運営の仕事をするたびに自分が嘘つきのように思えて、苦しい。
でも、引き受けた以上、やり遂げなくては……
相反する2つの感情に、板挟みになっていた。


ある日の委員会で、寄付の集め方を話し合っていたときに、クラウドファンディングを提案した。
そのときのわたしは「何もお返しできない普通の寄付を募るよりはマシだ」という程度の気持ちだった。
支援に対してリターンを渡すことで、少しでも自分の罪悪感を減らそうと思ったのだろう。

提案は採用され、わたしは、クラウドファンディングに関する仕事の大半を引き受けることになった。

薄々気づいていたことだが、クラウドファンディングのプロジェクトページには、「なぜこのプロジェクトをやるのか」をちゃんと書かなければいけない。

ああ、ついに向き合うときが来たんだなあ。
徹底的に嘘つきになるか、心からこの企画を成功させたいという気持ちになるか、それが決まるときが来たんだ。
そんなことを思いながら、プロジェクトページの用意をした。

クラウドファンディングを成功させるためのアドバイスは、インターネットに有り余るほどある。
その中で高頻度に説かれる「トップ動画の重要性」。
動画なんて、結婚式のプロフィールムービーしか作ったことがない。
でもとりあえず、作らなきゃ。

指揮や作曲やソロの先生たちにインタビューして、格好良いこと言ってもらおうか。
一緒に運営の仕事をしている夫は、幸いにもカメラが趣味だし、一眼で撮ったらちょっといい感じの映像になるかもしれない。

その提案もすんなり受け入れられ、
気づけば、梅田のドルチェ楽器の最上階が予約されていた。
なんだか、思った以上に本格的な場所でやることになったな……と思った。

夫に撮影について相談し、うちに2台あるカメラと、ほかの委員の方にお借りしたビデオとで3つの角度から撮ることになった。
そして、このために三脚を買おうと言う。
休日、カフェで構図やシナリオを話し合った。こんなに真剣に話をしたのは久しぶりだった。
なんかこの人、わたしよりやる気あるっぽいな……と思った。


撮影当日、先生方はお会いした瞬間から本当に協力的だった。
こんな、一銭にもならない撮影を了承して、予定を合わせてくださるだけで有り難いと思っていたのに、
「こんなリターンも提供できるよ」「じゃあ、私はこんなリターンを」
インタビュー撮影の前の、クラウドファンディングに関する説明の段階で、そんな会話が次々と展開されたのを聞いてなんだか卒倒しそうであった。
結果、リターンの数が当初の2倍ほどに増えることとなった。

なぜ?
なぜそんなに、復興支援コンサートの名の下で、頑張ることができるの?

わたしが幼少期からずっと抱いてきて、
インタビューの撮影前にピークに達したその疑問は……
直後のインタビューで、あっけなく解けた。

先生方に質問し、返ってくる答えを聴いていて、
わたしはこれまで「復興」の意味を取り違えていたのだと痛感し、心から恥じ入った。


綺麗事にならずにうまく伝えられるかわからないが、わたしがこのとき気づいたのは以下の二点である。
まず第一に、復興というのは、お金だけでできるものではないのだということ。
そして第二に、被災地だけではなくて、我々のほうが復興されているのだということ――

我々が支援する復興には、もちろん、被災地での物理的な環境の回復という側面もある。
けれども、それがメインではないのかもしれないな、と思ったのだ。

人間の感情の回復、あるいは、再発見という方が近いのかもしれないが、
おそらくそれこそが復興の本質的な部分であり、

悲しみ、怒り、絶望、虚しさ、恐怖、畏敬、祈り、希望、喜び、楽しみ……といった、人間の抱くことができる限りのあらゆる感情のグラデーションが、あらゆる立場の人間の中に再現され、反射し合う、
それこそが復興、あるいは復興支援という行為なのではないだろうか――


この日以来、わたしは少しずつでもいいから、復興支援コンサートの運営に関わっているということを発信していこうと決めた。
コンサートを成功させるために、できることはなんでもやろうと思えるようになった。

もし嘘つきに見えても、綺麗事だと思われても、もうそれはどうでもいい。
だってもうわたしの中でわたしは嘘つきではなく、復興支援という言葉は綺麗事ではないのだから。
それは本当に、ものすごく重要なことなのだ。

だから、この場でも宣伝させてください。


わたしの所属する京都新祝祭管弦楽団が、CAMPFIREにて上掲のプロジェクトを立ち上げています。

このオケは、一般の大学生、音大生、アマチュア奏者、一線で活躍するプロ奏者といった、いろんな立場の人間で構成されています。
今回ソリストでお呼びするトランペットの北村源三先生はすでに80歳を越えておられる。それを考えれば、立場だけでなく年齢的にも本当に幅広く……
つまり、様々な文脈を持って生きる人間たちが集まって、今回の海外公演に挑むのです。

心から、成功させたいと思っています。
日本の外でやることに、意味があると思っています。
文化や言葉の違う人たちの持つ感情のグラデーションの中に、自分の知らない色があるのかどうか?
この目で、この耳で、確かめたい。

まだ企画段階だというのに、すでに、わたしの内部が少し復興されつつあるように思います。
この、静かな復興を、できるだけ多くの人と味わいたい。
たくさんの人が、この企画に関わってくれたらと思う。

今回、復興支援のための新曲を十河陽一先生に委嘱しています。
わたしは、その作品でOboe 1stを吹かせていただく予定です。
この新曲の世界初演は、プラハ公演に先立って、京都にて来年2/10におこなわれますが、こちらの招待券もリターンの中に用意しています。

プラハで、また京都公演でも配布する特別なプログラム冊子――これは夫が作ることになったのですが、ここにお名前を載せるというリターンもあったり、

他にも、動画撮影のときに先生方が提案してくださった数々のリターン――
出張演奏や演奏指導、自筆譜の一部のコピーやオリジナル曲の作曲、そしてオケをバックにしたコンチェルトの本番など、いろいろと準備しています。

このブログを読んでくださっているあなたが、今回のプロジェクトに関わってくれて、あなただけが持つ色彩をほんの少し、一滴だけでも私たちの感情のスペクトルに加えてくださったら、私は本当に嬉しい。

どうか、ご支援をよろしくお願いします。

https://camp-fire.jp/projects/view/107384

ワインエキスパート認定バッジが届いたので、ワインとの思い出を振り返る

日本ソムリエ協会から、ワインエキスパート認定証・認定カード・認定バッジの3点セットが届きました。
合格通知はずっと前に届いていたけれど、やっぱり、ぶどうバッジを見るととても嬉しいです。


そもそも、なぜ受験することにしたんだっけ。
そう思っていろいろと記憶をたどっていたら、2016年11月23日、Instagramにこんな投稿をしていました。

ワインに興味を持ちはじめたのが、この頃なのだとわかります。

それまでもお酒を飲むのは好きだったけれど、ぶどうの品種なんて興味がなくて。
とにかく安くてそこそこ酔えたらいい、みたいな飲み方が多かったんです。

それが、この日から少しずつ変わり始めたのだと思います。


ただし、この11月頃はまだ「美味しいワインを飲みたい」というだけの気持ちだったはず。
そこから「ワインを勉強したい」と思うに至ったきっかけは、2016年12月末のヨーロッパ旅行でした。

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#weihnachtsmarkt2016 #🎄

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すでにワインに興味を持ちはじめていたので、レストランや小売店でワインを選んでみる、ということが何度もありました。
けれども、書いてある単語の意味や、エチケットの読み方が本当に全然わからなかったのです。

特にドイツワイン。
「Trocken ってどういう意味なの? 甘いのか辛いのかどっちなの???」
リースリングの辛口が大好きになった今思えば、あまりにも「ワイン初心者あるある質問」で笑えます。
だけど、当時は真剣に悩んだよなあ。

(trocken とは、英語の dry のような意味で、”Trocken”だけなら「辛口」、つまりアサヒスーパードライの「ドライ」の意だが、”Trockenbeerenauslese” と書いてある場合それは「干からびたぶどうで造られた甘口ワイン」である。こちらはドライフルーツの「ドライ」なのです)

「書いてあることの意味がわからないのが本当に嫌だ。なんとかしてわかりたい。わかって選べるようになりたい」
旅行中、ワインを見るたび――空港の免税店に至るまで、こんな気持ちでいたのをよく覚えています。


実はもうひとつ、わたしを勉強に駆り立てたものがあって、
それは、すでにワインエキスパート呼称を取得していた友人の存在でした。

彼女は大学の同級生です。
とはいえ学部は全然違い、1回生のときの教養ゼミ的なものでたまたま一緒になっただけの仲で、それ以来はただFacebookで友達であるだけという、どちらかと言えば遠い存在でした。

だけどわたしは、少し疎遠になっていた期間中も、彼女のFacebookでのワインエキスパート受験に関する投稿を読むのがとても好きでした。
まったくワインに興味のなかった時期からずっと、彼女の投稿にいつも満ちている「学ぶことが楽しくて仕方ない感じ」に大げさではなく感動を覚えていました。

そして、勇気を出して「ワインエキスパートの試験について教えてもらえませんか?」と、Messengerを彼女に送ってみたのが、2017年2月初頭。

かなり久々の連絡にもかかわらず彼女はとても親切でした。
おすすめの参考書や書籍を教えてくれたし、「絶対に大丈夫!」と言ってくれました。

自分で試験について調べて出てきた暗記事項「ボルドーの格付けシャトーの数」に面食らい、無理かも……と思っていたわたしは、彼女の言葉に背中を押され、翌日には、教えてもらった参考書を購入しました。
そしてその日から受験勉強を始め、トイレの壁がみるみるうちに白地図だらけになっていきました。

あの日からずっと、彼女はわたしの試験勉強を気にかけてくれて、応援してくれたり、共に勉強に取り組んでくれたりしました。
彼女のサポートなしでは、ワインをこんなに好きになることはできなかったと心から思います。本当にありがとう。

(彼女のブログはこちら


そして、このノート。
最初の日付は2017年2月9日。
筆記試験の勉強を始めた約一週間後から付け始めた、テイスティングノートです。

PILOT色彩雫の「山葡萄」で、今も綴り続けています。
最初のほうのページは、今読み返すと矛盾にあふれていたり、情報量がとても少なかったり、語彙があまりにも貧弱だったり……

でも、どのページも、飲んだ時の記憶を瞬時に思い出させてくれる、大切な宝物です。

「一緒に飲んだ人」「飲んだ場所」「エピソード」も書いてあります。
ワインを通じて、こんなにも人間関係が広がったのかと思うと、感無量です。

ブラインドテイスティングの練習を始めてから頻出する「◯◯の香りが取れなかった」「わからない」「不安」というネガティブな単語。
でも、確実に増えている語彙、少しそれらしくなっている文体。

勉強のためではなく楽しむために参加したワイン会にて出会った素晴らしいワインへの素直な賛辞、その表現の幅も、回を追うごとに広がっています。
テイスティングには基本的にポジティブな表現しか使いません。だからワインを勉強すると、褒めるのが上手くなってゆく――自分にも、その法則が当てはまっているようで嬉しいです。

瓶の中のインク、ずいぶん減ったなあ。
これからも減ってゆくのでしょう。
インクが減り、ノートの残りページが減り、ワインも飲んだら減る。
そのぶん、自分の心の中に降り積もってゆく何かを大切にしたいです。


とりとめのない思い出話になってしまったけれど、
このへんでまとめてみましょう。

2016年11月 ワインに興味を持つ
2016年12月 ワインを勉強したいと思い始める
2017年2月  勉強を始める
2017年8月  一次試験(筆記)合格
2017年9月  二次試験(テイスティング)不合格
2018年10月 二次試験合格

そっか、まだ2年しか経っていないのか……なんだか不思議な気持ちです。

資格取得はもちろんゴールではなく、スタート。
この2年間、ワインの広くて深い世界を感じ取って受け入れるための、本当に最低限の準備だけはできたかな、という感じ。
素晴らしいワインを飲んだときのあの感動的な瞬間に、もっともっと身を委ねるために、わたしはこれからも勉強しつづけたいです。

日記

ブログに何を書いたらいいかわからない、昔どうやって更新していたのか思い出せない。他人に見せる前提で何かを書く、という機会がここ2年ほどなかったので、キーボードを打つ音の響きもなんとなくぎくしゃくしているような気がする。


火曜日、半年ぶりに美容院に行った。自分としては3ヶ月くらいしか間があいていないと思っていたら、半年ぶりですねと言われたので驚いた。

美容院に行くということはわたしにとって非常に疲れることなので、ついつい予約を先延ばしにしてしまうのだ。
行ったあと数日間はぐったりして他の外出予定が入れられない。

これはわたしが美容院に行くのが嫌いであるということではない。むしろ、美容院にいるその時はものすごく居心地がいいと感じる。実際に、非常に落ち着くお店を選べていると思う。
それでもお店を出た瞬間、地面に崩れ落ちそうになるほど疲弊した自分がいる。

友人と会って楽しく過ごした後にも似たような感じになるので、ただ単に、人と関わるときにエネルギーを使いすぎて肉体的に疲れるのだろう。全力で楽しめているのだと前向きに捉えようかな。


で、今回は美容院に行って帰って一晩寝て、起きたら風邪を引いていて2日半ほど寝込んだ。

なんか疲れたなあ、報われないなあ、ていう毎日だね、せっかく髪型変えたのに引きこもってて誰にも気づかれるチャンスないし。

そうだ、今回は美容院を出るときに次の予約を入れさせてもらったから次はちゃんと行くと思う。えらすぎる。でもこのパターンでドタキャンしたことも過去にあるから頑張りたい。


前やってたブログをやめてから、微細な感情に気づくことができなくなっているのだろうね、今日こうして久しぶりにどうでもいい日常のこと書いていたらいろんな悲しいことが急に思い出されてとても悲しいね。

急に風が吹いたみたいにマイナスの感情が巻き上げられてくるからそれがいったい何なのか見ることすらできないし、とりあえず呆然としている。なんで生きているんだろう? なんでわたしここにいるんだろう? 久しぶりにそう感じている。

やっぱり疲れたのかな、とにかく人と接するの向いてなくて、こうして画面越しに誰か知らない人にいてもらうくらいがちょうどいいのかなあって思う。

風邪が治りきってなくて弱っているだけかな。でもこうして心臓のあたりがぎゅっとなるような苦しさを抱いている自分のほうがなぜか好きなんだ。良くないことでしょうか? わたしの認知は歪んでいますか? でも、訓練して正しい認知を身につけるほどに増してゆく喪失感にわたしは耐えられなかった。

誰かとの関係において全面的に自分を肯定するなんて一生できそうにないのに、こうしてこの場所にだったら何でも言えるのは本当に不思議、画面のちょっと奥には近かったり遠かったりする無数の他人がいるというのに自分のこの安心しきった感覚、全然意味がわからない。

結局、好きな自分でいるためにはブログ更新しつづけるしかなくて、どんな内容でも全方面に拡散してるのは醒めた頭で考えれば本当に恥ずかしいはずなんだけど、生きてゆく中で本当に力を抜ける瞬間がそれしかないんだからこうしていないと息が詰まり、わたしはだんだんと灰色になってきっと石になって、死ぬこともできないままになる。それが怖いよ。怖いことは嫌いだ。

とにかく自分にとってブログっていうのはそういう場所なので、ブログで稼いで生きていくとか遠い世界すぎてわけわからない。この記事もあらゆることについてわからないって言ってるだけになったし。でも自分のセンサー的なものが完全に死んではいないっていうのだけはわかってよかった。

前のブログやめる直前になんか本出したいなあって言ってたのも忘れてないんだけど本当に書く意欲が失せていて、というか、生活が平和になったからか知らないけれど書かなければ死ぬという精神状態を長らく得ることができなかった。

だから何もしてない、でも忘れてないし、今日は久しぶりに書かなければ死ぬと思えたのが嬉しかった。