2019/11/20

久々に日記的な記事を書く気分になった。

↑は最近買った本。近々、曲目解説を書く機会が2回あり、ついでに基礎的なものを少しずつ買って家に置いておこうと思った。
2019年は家でちょっとした研究を再開しようと思っていたけれど結局何もできないまま11月も終盤に差し掛かってしまったなあ。

10月末に旅行に行って帰ってきて一日も完全オフ日を作らなかった結果、風邪で寝込み、風邪が治ったあと思ったら激鬱になって寝込み、元気になったと思ったらまた風邪っぽくなっていて、1ヶ月くらい仕事らしい仕事も家事らしい家事もしていない。

時間は有り余っているが、一日のほとんどを眠って過ごしているので何も生産的な活動はできていない。自分が出る演奏会の曲目解説原稿の締切が今週末なんだけどそれも資料集めだけやって執筆には手を付けていないし、おなじく今週末にある別の本番用のリードを今頃になって急いで作っている。

リードづくりは最終段階に来ていて、削りの仕上げをしている。そのため、こまめに試し吹きをしているのだが、前回このリードを削った時に焚いていたお香の匂いがめちゃくちゃ染み付いていることが判明した。たぶん糸に浸透してるんでしょうね。このリード使うたびにリラックスできたらいいのにな、もし本当にそれが叶ったら毎回お香焚きながらリード作るわ。次の本番はソロです。身内の気軽な演奏会なんだけど、ソロを演奏する機会をいただけるのはありがたいことだな……わたしには「過度の完璧主義者にもかかわらず目標に向かってがんばるのがめちゃくちゃ苦手」という性質があり、大学オケにいたときはその性質に翻弄され、ソロに挑むたびに何回も直前に曲変えたり楽章減らしたり本番出るのやめたりを繰り返した。伴奏してくれる人を人だと思っていないですね。これらのことは反省しても反省しきれなくて、ソロをやるたびに思い出して死にたくなります。当時も死にたかったけどそれとはまた違う罪悪感。

音楽をやってるといろんなことが苦しいのになんで音楽を続けているのかよくわからない。本番〜本番後一杯目のビールまでの時間が永遠に続いたらいいのにな、そしたら楽しさと高揚感と自己肯定感に塗れていられるのにな、て思うけれどそれは無理。

今晩はカラオケボックスに練習しに行く。夫に誘われたので。彼も同じ本番に出る。ひとりだったら絶対だらだらして今日も練習できてなかったと思うからありがたい。理想に向かって努力できるようになりたい。どうすれば?

さみしさの感触、日記、クロールについて

今年が始まってから9か月目に入り、1日1ページでつけている2019年の日記帳もいよいよ厚みを増してきた。この厚みが、秋のしるしだという気がする。両手に日記帳を持ち今日のページを開くと、片方が重くてもう片方は軽い。残された余白がもうほとんどないことがわかる。さみしさに感触があるとすれば、9月に日記帳を開くときのそれなのではないかと思う。

変化がないと毎日をやっていけなくて、今日はただ勉強と仕事をするためだけにカフェからカフェへと漂っていた。自分の機嫌をうまくとることができてえらかったかもしれないと思うけれど、そう思うこと自体がなんだかものすごく嫌だ。

疲れてくると自分の欲求を探し当てることができず、例えば今食べたいものを尋ねられた時などは、くじの入った箱を延々と探っているような気持ちになる。引いても引いてもわたしの探している当たりは出てこず、はずれの中から相手の求めていそうな正解を選んで差し出してみたりとか、やるせない。

楽しみにしているのが今週末で、美術館に行ったり、好きな人がシャツのオーダーをするのについていったりする計画をしている。その息継ぎまで、ずっと苦しいかもしれない、と思う。毎日はクロールみたいだし、わたしは多くの人のように泳げない。日々をうまくやり過ごしている人はみんなエラがついてるみたいに見える。

そうやって半分溺れながらも後ろから迫ってくる時計の針に押しつぶされないように前に進もうとしているうちに、いつの間にか人生の持ち心地もどんどん片方だけが軽くなってゆくのだろうか。それとも、わたしは20歳になるまでに死ぬのだと一度決意してしまったから、20歳以降はずっと書くことの許されない空間に落書きを続けていて、だからこんなに何もかも重たく引きずっているのだろうか。

泳ぐべき方向を持たない者は水流に流されて漂い続けるしかなくて、留まるなんてことは一番できないことだ。この生に意味はあるのか。意味がない場合、いったいどこを見つめて生きていけばよいのだろうか。一番初めのページのわたしに会って、助けて、と言いたい。

連休明け

毎日を休日にすることができる身であっても休日が終わるというのはしんどいことである。昨日(連休最終日)の朝、目が覚めた瞬間から、悲しさや寂しさにとらわれっぱなしだ。今日は昨日に増してやる気が出ず、朝ごはんを片付けたあとひたすらぼーっとしていたら、参加する予定だったイベントの開始時間がとっくに過ぎていた……

18時ごろになってようやく普通の気分が訪れたので、本当は今日の午前中にやろうとしていたことたちを少しずつ片付けている。久しぶりに憲法の教科書を読んだ。芦部憲法は、いいにおいがする。このあと宅建の過去問をやる予定。毎日これくらいの時間から活動して朝に眠りたいな。そう思うなら実行すれば良い。本当にやってみる?

日記を書くの久しぶり。どうしても書きたい、ということが浮かばない毎日は、平穏なのかもしれないけれどぜんぜん幸せではない(わたしにとっては)。もっと最高なこととか最低なことを考えたいな。鮮やかな色のインクを詰めようかな。なぜだかショッキングピンクのインクしか使えなくてヒンデミットの曲しか聴けなくて、自分の考えることが全部文字になって天井に浮かび上がって止められなかった時期のことを恋しく思う。過去の苦しみへの憧れ、甘いしダサいかな、でもわかってほしい。