大前粟生『回転草』

ほんとうに羨ましい、と思った。わたしが置いてきたもの。思春期の夜、溢れ出して止まらなかったもの。眠りを妨げたもの。無茶な恋愛を引き起こしたもの。「どうせ誰にもわからない、あなた以外には」みたいなことを思わせる、自分の肋骨の真ん中にあり続けるしこりのようなもの。明らかに快の感覚を孕んだ、鬱陶しいもの。果てしなく昇って天井で崩折れるような言葉、ショッキングピンクのペンでしか書けなかったもの。

失いたくなかったのに、いつの間にか失ってしまったもの。

この本にはそれがあった。どのお話の中にも。ほんとうに羨ましい、とわたしは思った。

大前氏はどうやってこれを持ったまま大人に? わたしはもう遅いのだろうか? もしかして、取り戻せるだろうか?

いつまで経っても解決しない和音。ぜんぜんダイナミックじゃない日常。でも毎秒はミルフィーユで、その中にひっそりと、でもかなり粘り気をもって挟み込まれるクリームみたいなメッセージを受け取りたいとわたしは思う。また、再び。どうやって?

ひとは注意深く生きられなくなる。わたしは注意深く生きられなくなった。と思う。それはある意味では、いや、もうほとんど完全に救済だ。そこから抜け出すのはあの、苦しみを薄めてグラニュー糖を足したような液体の日々に舞い戻り、浸ることでしかない。そうだとしてもクリームを? その覚悟があるのか? そうだ。

そう思って眠った昨晩、夢に見た巨大な緑いろの虫、の、ふくらんだおなか。

あの感じだ。

うまく言えないけれど、巨大な虫の腹の感じ。あれを見たときの、わたしの思春期の不快な美、快い鬱屈みたいだった。夢の中の自分はそれを見ても逃げなかった。しっかり見ていた。

よかった。

では今日、現実の自分はどうだろう。「そういうもの」にいつ出会ったとしても、ピントを合わせよ、刮目せよと、自分に言いたくなった。もう一度、ショッキングピンクのインクを使えるようになるために。ぜったいに。

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