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古井由吉『杳子・妻隠』

わたしたちがたいていの場合まっすぐ歩けるのは周りのあらゆるものが存在感を隠してくれているおかげでしかなく、物体たちがいちど本当の姿を表し始めると、あんなにも慣れ親しんでいたはずの世界は人間の認識できる範囲をすぐさま超越し、目の前がぐらついてしまう。

本当は、身の回りには気色悪いほどの存在が文字通り存在しているが、それをうまく退けるというか、ある意味で無碍にしていくことがすなわち健やかなこと。健康な人間は実に巧妙であると思い知らされて悲しくなり、でも同時に、健康な人間になり代わったような目で自分を憐れむ、そういう気持ち。うまく折り合いを付けられないほうの自分が物語のなかにいったん引き寄せられ、思いがけず手前に置かれた鏡に写って反射するように、そのまま現実に還っていった。

そしてこれらの作品は、世間で言うところの恋愛小説ではないのだと思うけれども、少なくともわたしにとっては、これこそがほんとうの恋愛小説である。周りのものに圧倒される者どうしが出会い、万華鏡に閉じ込められるような経験が羨ましい。端正で苦しい恋愛をしたくなる小説だった。

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