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限りなく、とこしえに蒼く

先週金曜、コンサートでマーラーの《大地の歌》を聴いた。わかんないところもあったけれど一番最後の部分は言っていることがよくわかる。自分が死んでもこの大地、自然、吹き抜ける風etc.は存在し続けると思うことで救われる気持ち。清々しい救済。

かつては、この世界は全て自分の意識が作り出しているものであり、自分が死んだら世界も全部無になる、と考えることで楽になる時期もあった。でも、今のわたしはそうじゃないみたい。

自分がいなくなっても世界は何事もなかったかのように続いてくれるとわかっている、つまり自分は小さな存在だと自覚しているからこそ、「大きなこと」ができるような気がする。むしろ、思い切ったことをやるのがあまりにも怖いときは、自分の存在を大きく見積りすぎているときなのだ、わたしの場合は。

演奏を聴きながら、最近の自分はまさにそれですなあと思って反省しました。わくわくしないこと、心を動かされないことに惰性で時間を割きすぎているよ。そうしてると楽だからではなく、そうしていないと不安だからだと思う(そして徐々に、楽だからそうしているのだと思い込むようになる)。でも、その不安の裏にはどこか自分への過剰な信頼、自分の存在への過剰な依存、簡単にいえば傲慢さや厚かましさみたいなものがあるなあ多分。

生で演奏を聴いているといろいろ気づかされることがあって楽しいな。あと全然関係ないけど、こういうことのメモをホールの暗闇の中で取らなきゃいけないから、わたしはまだまだしばらくアナログノート派でいなきゃなあ、と思った。

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