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政治的無関心

 

Henri Félix Emmanuel Philippoteaux (1815-1884). “Lamartine repoussant le drapeau rouge devant l’Hôtel de Ville, le 25 février 1848”. Musée des Beaux-Arts de la Ville de Paris, Petit Palais.

19世紀前半には進歩主義的な態度をとっていたロマン派の作曲家たちが1848年あたりを境にして革命に背を向け、政治について無関心な態度をとるようになっていった、という話を読んだ。まあこれは、当時の中産階級全体の傾向でもあるし、当たり前のことだと思っていたけれど、今の自分に引きつけて読めば、とても興味深く感じる。

その論文の著者によると、当時の作曲家の態度におけるこういう変化の本質は、どんな社会的・政治的変革があっても物ともせず、ひたすら自分の作曲を続けていこうという志向……だという。ああわかる、となった。とても共感できる。そして、政治的革命と文化的革命を分離して考えるようになったのがヴァーグナーだと。そこを分けようと思う気持ちもめちゃくちゃわかるよなあ。

ほとんどが中産階級に属していた当時の作曲家たちは、19世紀の中盤あたりで、自分の作曲生活を成り立たせているものがいったい何であるのか気付いてしまったんじゃないだろうか。

19C半ばという時代の転換期に成年に達しつつあったブラームスとかブルックナー、フランクの気持ちっていうのはどういうものだったのか、興味が湧いてくる。彼らもまた19C前半の作曲家と同じくベートーヴェンの影響を受けているのだけれど、先述したような1848以降の時代の空気のなかで、あの啓蒙的な作品をどういうふうに受け取ったのだろうか……形と中身それぞれの継承のされかたを考えたくなってくる。ちなみに直近で演奏するドヴォルジャークはこのときまだ10歳になっていない。彼はこのあと、19C後半のナショナリズム全盛期のチェコを生きていく。ドイツ語からの解放の時代……チェコ音楽においても、ながらく進歩派(スメタナ派)と保守派(ドヴォルジャーク派)の対立が激しかったみたいだ。政治的に真ん中の立場が薄くなってしまう感じは19Cなかば以降の一つの特徴だなと思う。現代はどうだろうか。

ともかくクラシック音楽のことを学んでいると、今の自分の気持ちを代弁してくれるような記述が不意に出てくるので、ほんとうに面白い。最近はとにかく政治や社会の変化に惑わされないようになんとか踏ん張って生きている感じなんだもん。胸のなかにある理念と実際の生活基盤との差に引き裂かれそうな気持ちもある……その苦しみから逃れるようにこうして昔の時代についての論文を読んでいたらこうやって今ここに引き戻されたのがなんだかちょっと笑えて、つい書いた。

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