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これがずっと続くのか、という感覚

気分が最悪になるときってだいたいいつも、タイトルみたいな感じを抱いている。「これ」に入るのは学校とか仕事とかならまだよくて、ベッドから起き上がるとか、物を買いに行って何か食べるとかトイレに行くとかそういうレベルの行為のこともあるが、とにかく一瞬でも「これが永遠に続くのか」と思ってしまうとおしまいなんだ。心の内部に高速で蜘蛛の巣が張ってそれが自分の外側まで侵出していき全部が繭みたいにかたまっていくような感覚があって、あっという間に息ができなくなる。明日もあさってもその次も……死ぬまでこの苦行を繰り返すなら今死んで終わらせたいと思ってしまう。自分の内側に蜘蛛を飼わずに済む人もいるのだろうか。

どうすればこの感じを抱かずに済むのか、あるいは抱いてしまっても打ち勝つことができるのか。頭ではわかっている。かんたんにいえば細部に目を凝らすことなのだろう。たとえば毎日何かを食べるからといって、それが同じことの繰り返しに見えている時点で認知に歪みが生じているのであり、実際には毎日違うものを食べることもできるし、同じものを食べても日によって味の感じ方が違うはずなのだ。

ただし、このことがわかっているのは、今のわたしがまだ蜘蛛の巣の感覚に囚われていないからである。たった一本でも糸が張り始めると即座に思考が曇り、一段落前のことを一切考えられなくなる。これが問題だ。かなり前の段階で気付いておかなければ対処のしようがないが、いつも悪化が急すぎて気がついたら無理になっている。目の前にものすごく背が高くて重い岩のハードルを無限個置かれたような気持ちになる。ひとつも乗り越えられないしもちろん退かすことも穴を開けてくぐり抜けることもできない。

この感覚が原因で何度挫折してきたかわからない。

たぶん、常にかなり強い変化を与え続けなければ、自分はどうにもすぐ生きることに飽きてしまう。些細なことに幸せを感じて生きていくことができない。何も起こらない平和な日々をとても苦痛に感じる。こういう性質が求めるままに過ごしていると、自ずと人間関係や社会的なつながりが崩壊していく。でも、この性質を無視して変化のない日々を過ごすともっとひどいことになる。

なるべく他人を傷つけない変化を常に起こし続けるにはどうすればよいのだろうか。自分で自分に用意できる変化なんてたかが知れているのでどうしても外に刺激の源を求めてしまう。本を、とくにフィクションをもっと読むべきなのかもしれない。それとも、何度起き上がっても足を取られてしまうこの人生をメタ的に楽しむべきなのだろうか。それができてたら、こんなに苦労しないよなあ。

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