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試されている

悲惨なことがあったとき人は語らずにいられない、けれどきちんと全てを語ることもできない。

もどかしい。やるせない。

普段は殆どの部分で分かり合えるような人や、いつもその発言を心の拠り所としているような人でさえ、それってどうなん、と思ってしまうようなことを言っていたりする。

よく知っている人がいきなり知らない人になってしまったような気がして怖い。

多くの人が突き動かされたり圧倒されたりして、それまでの静かで整然とした人間関係がぐらぐらと揺らいでいるのを感じる。

何かを大切に思う気持ちの基盤そのものが今にも崩れてしまいそうな感じがする。自分たちの生の脆さが否応なく突きつけられる……

このようなことは、今回の京アニの事件に限らず、避けがたい圧倒的な災いに際して、これまで何度も何度も起こってきたことなのだろう。

全部含めて、わたしたちの誠実な悲しみ方なのだと思う。そして、この揺れに自分たちは試されているのだと。

この動揺が、いつか絶望を超えて希望に向かうためのエネルギーになることを祈る。

それはひどい目眩の中で見る遠い夢のようかもしれないけれど、今のわたしには祈ることしかできない。

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