ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』――意味がなくて鮮やかなわたしたちの生活

わたしはインディアンたちの服が回っている乾燥機を、目をちょっと寄り目にして眺めるのが好きだ。紫やオレンジや赤やピンクが一つに溶け合って、極彩色の渦巻きになる。

「エンジェル・コインランドリー店」

今日は、ルシア・ベルリン著・岸本佐知子訳の『掃除婦のための手引き書』を紹介しようと思う。
とても好きな作品で、うまく紹介できるか不安だけれど、がんばって書いてみる。

ルシア・ベルリンという作家

待って。これにはわけがあるんです。
今までの人生で、そう言いたくなる場面は何度となくあった。

「星と聖人」

ルシア・ベルリンは1936年にアラスカで生まれた。
アメリカの各地、チリ、メキシコ。たくさんの街に暮らした人だ。
鉱山町での日々、貧民街での暮らしと召使いのいる暮らし、シングルマザーとしての生活、静かな山奥の風景。教師、掃除婦、電話交換手、看護婦、小説家、刑務所での創作教室の講師、大学の准教授。
三回の結婚、そして三回の離婚。子供の頃に患った脊柱側弯症とその後遺症。アルコール依存症と、その克服。2004年、68歳の誕生日に死去。

ああ、なんて「カラフル(*1)」な人生なんだろう。

彼女の小説は、ほぼすべてが実際の彼女の人生を材料にして書かれているけれど、その人生があまりに多彩なのでどちらが小説なのかわからない。
実際、「彼女にしか持ち得ないような目と耳の鋭さ(*2)」によって描かれる世界は、現実よりも現実味を帯びているような感じがする。

いわゆる「忘れられた作家」だったようだが、リディア・デイヴィスが絶賛したことで訳者の岸本佐知子さんの目に留まり、今回の出版につながったとのこと(本書の巻末にはリディア・デイヴィス本人の言葉もある)。

本書以外で日本語訳されているルシア・ベルリン作品は「火事」(岸本佐知子編訳『楽しい夜』に収録)がある。

また、川上未映子責任編集の『早稲田文学増刊 女性号』にも本書の表題作である「掃除婦のための手引き書」が収録されている(わたしはこの本で初めてルシア・ベルリンに触れた)。

(*1)(*2)訳者あとがきより。

チェーンのカフェ、そしてコインランドリー

隣に座った盲目のお婆さんは点字を読んでいる。ゆっくり、音をたてずに、指が一行一行をなぞっていく。横で見ていると心がおだやかになる。お婆さんは二十九丁目で降りていった。〈盲人工芸品販売所〉の看板の “盲人” 以外の文字が全部なくなっている。

「掃除婦のための手引き書」

この『掃除婦のための手引き書』を開く時、わたしはなぜかいつも、チェーンのカフェでぼーっとしているときの気持ちになる。
どちらかというと凄惨な表現が多い本なのに、こんなに静かな気持ちになるのは不思議だ。

そもそも、わたしがチェーンのカフェでぼーっと感じている気持ちとは、いったい何なのか?
それをまず、説明してみようと思う。

チェーンのカフェとは、スタバとかドトールとかエクセルシオールとか、そういう種類のお店だ。
そういったカフェで周りの人を眺めているとき、不意に「なぜわたしはわたしであり、あの人ではないのだろう?」と考えてしまう癖がわたしにはある。

その疑問は、
「わたしの人生はこれで大丈夫なのだろうか」
「いろいろな可能性があった中で、この人生を選んだのは正しかったのだろうか」
「なぜわたしは、こんなふうに生まれてきたのか」
などのいろいろな不安から生じているような気がする。

カフェで、あるいはカフェの窓越しに一瞬だけ出会うひとりひとりの、生活をわたしは想像する。
隣に座った人、少し遠くに横顔が見える人、窓の向こうの雑踏の中でふと目に留まった人。
たまたま今はすごく近くに存在しているけれど、それ以降は絶対に出会わない彼/彼女ら。

あの人は、今晩どんなごはんを食べるのかな。
どんな場所で寝るのだろう。
家族はいるのかな。
明日起きたら、どんなふうに髪を梳かすのだろう。

そして自分自身の、どうでもいい生活を重ね合わせる。
「あの人」と「わたし」の、淡々とした毎日が重なるとき、
あの人は「ありえたかもしれないわたし」に、
わたしは「とりあえずわたしということになっているわたし」になり、
どうでもいい生活が、苦しいほどに鮮やかな、愛しい営みとなる。

わたしがチェーンのカフェで抱く気持ちとは、このようなものだ。

あなたと私との融解、私の私(と、あなた)からの疎外

わたしは家が好きだ。家はいろいろなことを語りかけてくる。掃除婦の仕事が苦にならない理由のひとつもそれだ。本を読むのに似ているのだ。

「喪の仕事」

『掃除婦のための手引き書』は、短編集である。
それぞれの短編は彼女の人生のいろいろな時点に材をとって書かれているので、舞台となる場所も主人公の年齢も職業もかなり多様である。

この本を読みながら感じる「チェーンのカフェにいるような感じ」は、
「ありえたかもしれない人生」の走馬灯を見ている、その静かな心地よさだったのかもしれないと、読み終えた今になって思う。

ルシア・ベルリンの語り口というのは、
カフェにたまたまいる「あの人」の身体の中に入り込み、自宅までついてゆき、彼/彼女の目の内側から「生活」をただただ眺めているような、
そんな語り口である。

PCを持ち込んで仕事をしているサラリーマンの、参考書を開いて勉強する高校生の、ネットビジネスの話をもちかける人の、それをもちかけられる人の、かなりの速度で雑踏をかき分けてゆくスーツ姿の女性の、あまりにもゆっくり歩く老人の、
生活を、ただ見る。
評価はしない。
というかできない。なぜか?

それは、ルシア・ベルリンの語り口において、もしくはわたしのカフェでの妄想においては、
自他の境界が奇妙に融解し、同時に、奇妙な疎外感が生じているからだ。
こうして自他の概念が崩壊したとき、評価という行為は無効化される。

ルシア・ベルリンの作品で一人称の「私」によって語られるのは、「私」そのものを一歩後ろから見ているような、いわゆる「解離的な」文章である。
血みどろの場面であっても、悲惨な状況であっても、豪奢な日々を描く部分でも、目の前の世界が極端に淡々と、しかし極端に鮮やかに描写される――しかもその描写の仕方は、「私」自身についても適用されているのだ。

それは、「私」を「私以外」と同じ世界で捉えるやりかたであり、
同時に、「(書き手としての)私」が「私(と、それを含む世界)」から阻害されてしまうやりかたである。

そのやりかたは、全然関係のないはずの、時には自分に害を与えることすらある他者たちと自分との間に『ありえたかもしれないわたし「たち」』としての一体感をもたらす。
その一体感がもたらされている間、世界はきわめて静かであり、その静けさの中には、癒やしと悲しみが同居している。
これが、ルシア・ベルリンの文体の「静けさ」の正体だとわたしは思う。

ちなみに、わたしにとっての「チェーンのカフェ」のような空間は、ルシア・ベルリンにおいて「コインランドリー」として現れているのではないかと考えている。
したがって、この短編集の最初におかれた作品がコインランドリーを舞台にしたものであるというのは、非常によくできた構成だなあ、と思った。

書くことのケア性――toi booksでの読書会を経て

ママ、あなたはどこにいても、誰にでも、何にでも、醜さと悪を見いだした。狂っていたの、それとも見えすぎていた? どちらにしても、あなたみたいになるのは耐えられない。わたしはいま恐れている……だんだん美しいものや正しいものを感じられなくなっていくようで。

「苦しみの殿堂」

この『掃除婦のための手引き書』については、大阪の本屋さん toi books にて開かれた読書会に参加して、多くの人の様々な意見を聞いた。
それによって、解釈のための新たな視点を手に入れることができた。

それは、「ルシア・ベルリンにとってこれを書くことは、ケアのひとつだったのではないか」という視点だ。

ルシア・ベルリンの人生は、一般的に言えば、かなり「たいへん」であった。

家族数人のアルコール依存、祖父からの性的虐待、虐待を知りながら見て見ぬふりをする他の家族、妹だけに注がれる愛情、学校でのいじめ、母親の自殺未遂、夫の薬物中毒、自分自身もアルコール依存となった状況での仕事と子育て、死を間近にして怯える妹の介護、など。

誰の人生でもそうだが、人生というのは毎日の生活の総体である。
状況がどんなにつらくても、生活をしなくてはいけない。

そんな中で生まれたのが、上述の「解離的な書き方」である。
これは、彼女が自身の「たいへん」な人生をやっていくための手立てであり、
それと同時に、ひどすぎる家族たちのひどさを諦め、そうして諦めることによって穏やかに受け入れるための手段だったのではないだろうか。

こういう意味での「書くという行為の尊さ」は、
彼女ほどにはつらい目にあっていないわたしにも、痛いほどにわかる。
書くことにこういう意味があるから、わざわざ日記をつけるし、ブログを書くのだ。

そう思うと、ルシア・ベルリンという人がとても近い人のように思える。
同じように苦しみながら生活をしている人。

わたしたちの人生も、生活も、意味がなさすぎて笑ってしまう。
だけど意味のないそれらは、こんなにも鮮やかなんだよ。

ルシア・ベルリンは、彼女自身を含む「わたしたち」に、そう言ってくれているような気がする。

この本は、こんな人に

この本をおすすめしたい人はどんな人か? というのを述べて、記事を終わりにしようと思う。

  • 毎日の生活がしんどい
  • 毎日の生活を愛おしく思いたい
  • 他人と関わるのがしんどい
  • 家族がしんどい
  • どうして私はこんなにつらい人生を続けているのかな、と思う
  • 日記をつけるのが好き
  • 日記ブログを読むのが好き
  • カウンセリングなどでの「語り」に興味がある
  • 海外文学ならではの語り口やジョークを味わいたい

ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』をプレゼントするとしたら、こんな人。
ぜひ、手にとってみてください。

『すべての、白いものたちの』

『すべての、白いものたちの』
このタイトルを初めて目にしたとき、自分が中学生の頃に「白いということ」についての作文を書いたことを思い出した。
雪、白樺、ガードレール。
それらが当時のわたしにとっての「白いものたち」であった。

「白い、とはどういうことなのか」そんなことを書いた作文だった。
詳しい内容は忘れてしまっている。覚えているのは、その作文を自分がほんとうに切実には書けなかったこと、そしてひとりの教師にその事実を指摘されてしまったこと、その2つだけだ。

学校向けに書くのが上手いですね、という言葉。未だに自分の心に突き刺さったままだ。
道徳の授業で褒められそうな、書き手の自分が半分しか同意できないようなつまらぬ結論……そのためにわたしに利用された雪や白樺やガードレールのことを思うたびに胸が苦しくなるのだった。

だからわたしはこの本を読まなければならない、と思った。
これを読んだら、あのとき自分が考えていたことを、再び考えることができるかもしれない。切実に。心から。
「白い、とはどういうことなのか」ということを。

「おくるみ うぶぎ しお ゆき こおり つき こめ なみ はくもくれん しろいとり しろくわらう はくし しろいいぬ はくはつ 壽衣」

ひたすらに街を歩くときふと頭に浮かんでくるような文体で、白いものが語られ続ける。
その白の後ろに透けたり、白にくるまれていたりするのは、常に生と死だ。
生きている自分と生後すぐに死んでしまった姉。
死ななかったかもしれない彼女と、生まれてこなかったかもしれないわたし。
ワルシャワと韓国という2つの街で、曖昧に溶け合ってゆく光と影、そのあわい。

韓国語で白い色を表す言葉には「ハヤン(まっしろな)」と「ヒン(しろい)」の2つがあるらしい。
「ハヤン」は綿あめのようにひたすら清潔な白、「ヒン」は生と死の寂しさをこもごもたたえた色。
この本で著者が書きたかったのは「ヒン」のほうだという。

韓国語は全然わからない。でも、白さが2種類あるというのはなんとなくわかる気がした。
「ヒン」のほうの白さに切実に向き合うのはとてもむずかしいのかもしれない、と思う。

この本は数種類の紙で作られている。読み進めるうちに、紙の白さが変わっていく仕組みだ。
「白」の種類は無限にあるように思える。すべての白いものたちには、それぞれの白さがある。
この世にある無数の色のうち、どこからが白なのだろう?
白いものについて「白い」といえるのはなぜなのか。
そう考えていると何もかもが白に思えてしまう。
それが、中学生のわたしが書いた「白い、とはどういうことなのだろう」という意味だった。
「ほんとうに白い」ということについて、どう考えれば良いのかわからなかった。

現在、常にわたしにつきまとっている希死念慮は、その頃に初めて生じたように思う。
この本で著者が、死んだ姉のことやそれを語る母のことを思うように、わたしは、父のことや父について語る母のことを思う。思ってしまう。
新しい人間の可能性を遺して、自死してしまう人間について。その記憶を抱えて生き続ける人間について。破壊と再生について。

白いということは、どういうことなのだろう。
ほんとうに生きているということや、ほんとうに死んでいるということについて、どう考えれば良いのか?
中学生のわたしが向き合いきれなかった問い。今の自分なら、もっと長い時間それらを眼差すことができる。
でも、答えはまだ用意することができない。そのことだけがわかった。

ほんとうの白に近づきたい。まだその存在を信じているからこそわたしは、ほんとうの白が何なのかわからないなどと考えてしまうのだろう。
生きている限りは近づけないのかもしれない圧倒的な白。
そんなものが存在するのだろうか?
それを信じられなくなるのが生きるということなのだろうか? 信じなくなるどころか、これらの概念を全部忘れ去ってしまった頃にようやくたどり着けるものなのかもしれない。

でもわたしは、ほんとうの白を信じなくなったときにこそ死んでしまう気がするのだ。
こう感じるのがなぜなのか全くわからない。毎日、ほんとうにまいにち、自分にはすべてのことがわからないように思う。

そんな毎日の果てである今日、わたしは一段と心地よいわからなさを静かに食みながら、あらゆる白に包まれている。

大前粟生『回転草』

ほんとうに羨ましい、と思った。わたしが置いてきたもの。思春期の夜、溢れ出して止まらなかったもの。眠りを妨げたもの。無茶な恋愛を引き起こしたもの。「どうせ誰にもわからない、あなた以外には」みたいなことを思わせる、自分の肋骨の真ん中にあり続けるしこりのようなもの。明らかに快の感覚を孕んだ、鬱陶しいもの。果てしなく昇って天井で崩折れるような言葉、ショッキングピンクのペンでしか書けなかったもの。

失いたくなかったのに、いつの間にか失ってしまったもの。

この本にはそれがあった。どのお話の中にも。ほんとうに羨ましい、とわたしは思った。

大前氏はどうやってこれを持ったまま大人に? わたしはもう遅いのだろうか? もしかして、取り戻せるだろうか?

いつまで経っても解決しない和音。ぜんぜんダイナミックじゃない日常。でも毎秒はミルフィーユで、その中にひっそりと、でもかなり粘り気をもって挟み込まれるクリームみたいなメッセージを受け取りたいとわたしは思う。また、再び。どうやって?

ひとは注意深く生きられなくなる。わたしは注意深く生きられなくなった。と思う。それはある意味では、いや、もうほとんど完全に救済だ。そこから抜け出すのはあの、苦しみを薄めてグラニュー糖を足したような液体の日々に舞い戻り、浸ることでしかない。そうだとしてもクリームを? その覚悟があるのか? そうだ。

そう思って眠った昨晩、夢に見た巨大な緑いろの虫、の、ふくらんだおなか。

あの感じだ。

うまく言えないけれど、巨大な虫の腹の感じ。あれを見たときの、わたしの思春期の不快な美、快い鬱屈みたいだった。夢の中の自分はそれを見ても逃げなかった。しっかり見ていた。

よかった。

では今日、現実の自分はどうだろう。「そういうもの」にいつ出会ったとしても、ピントを合わせよ、刮目せよと、自分に言いたくなった。もう一度、ショッキングピンクのインクを使えるようになるために。ぜったいに。

君が眺めていないとき、月は存在するか?


この質問をいつも投げかけてくれた彼女のことをわたしが思い出したのは何年ぶりのことだろう?
今いったいどこにいるのかまったくわからない。何度かメールしてみたけれど返事が来なくて諦めてしまっている。

わたしが思い出さない間、彼女は存在したのだろうか?
わたしが思い出す限り、彼女は存在するのだろうか。



これを久しぶりに考えているのは昨日マルクス・ガブリエルについて少し読んだり観たりしたからで、彼によれば世界以外の全ては実在する。
それはどこにあるのか? 存在はすべて、どこかに irgendwo ある、という。

あなたが思い出す限りわたしは、身体が死んだあとも、どこかにありつづけることになるのかな、それはちょっと怖い。
でもそう考えれば「生きなければいけない」という責任の重みがだいぶ軽くなるような気もする。



「生きなければ…」という気持ちは、わたしが幼少期から背負い続けてきたものだ。
父親が死んだ分、わたしはどれほど死にたくなっても母のために生きなければいけないと思ってきた。

その気持ちがかえって死にたみを高めた。それは父親の死に方こそが自殺であるためだ。
「お前が生きていればわたしは自殺できたのに」という怒りがずっとわたしを内側から蝕み続けた。



最近はあまり具体的に死ぬ手段を考えたり道具を買ったりしなくて済んでいるのは、結婚する直前に父の墓参りに行ったら「死ぬなら結婚前にしろ」みたいな幻聴がきこえたのも一因としてあるが、何よりも、「生き続けなければならない」という責任感がだいぶ薄れてきたのが大きい。

なぜ責任感が薄くなったかというと、母が以前とは別人のようにわたし無しで楽しそうに暮らしており、また夫はそもそもわたしがいなくても絶対大丈夫そうな人間だからだ。



それに加えて「誰かが思い出す限りわたしはどこかにありつづける」と考えることで、もっと楽になりそうな気がした。
なぜ今までそう考えられなかったのか?
それはおそらく、わたしの実家では長い間、父親のことが「なかったこと」「触れてはいけないこと」のように扱われていたからだと思う。

娘の結婚に反対していたらしい祖父母が亡くなり、わたしも母もいろいろと学ぶ中で、今では少しずつ父の話題にも触れられるようになってきた。
まあ今でも親しみとかは全く持てないけれど、自分の親についてとりあえず話せるというのは良いことだと思う。



自分や他人の自殺を止めるのは本当に難しいよね、わたしはぐうぜんまだ生きているというだけ。
ただ、「死んでも忘れないよ」っていうのは、「死んだら悲しいよ」っていうのと実は同じなのかもしれないと思った。
一番自殺したかったときわたしは、死にたいというよりもむしろ、自分を忘れ去ってしまいたかったし忘れ去ってほしかったのだ、多分。



※ ここを読んでくれている高校のお友達で、冒頭の「彼女」が誰だかわかって、そして彼女の現況をご存知の方がおられたらそっとわたしにご連絡いただけると嬉しいです。

▼ マルクス・ガブリエルのベストセラー本↓

▼ 國分功一郎も、死者との関係について似たようなことを言ってた気がします(関係性が変わるだけでいなくなるわけではない、みたいな)
どこで言ってたかは忘れた……この本じゃなかった気もするんだけど(100分de名著『エチカ』だったかも)、これは「意志」「責任」にまつわる本で純粋におすすめなので載せておきます。

死んでしまっているかもしれない

何かを書くというのは訓練のいることなんですよねえ。前のブログをやめてしばらくしたらすぐに141字以上が書けなくなったし、読むのも大変になりました。

カウンセリング受け始めたのをきっかけにnoteをやって、その後カウンセリングやめるのと同時にnoteもやめて(やめたすぐあとにみんながnote始めたからちょっと時期ずれで寂しい)このblogを始めて今、ようやく補助輪付きの自転車位の感覚で書いている。

死ぬほど書きたいことができたときにちゃんとそれを書けるよう、練習というか、筋トレをしているイメージだろうか。

ある時期わたしは、自分が本当は既に死んでしまっているのではないかという妄想に取り憑かれていて、そしてなんだか、どうしてもそれを書きたくて、書かないと死ぬという感じになって、毎日キーボードの上でストラグルしてた時期があった。

だけど、そのとき偶然読んだ平野啓一郎の本がかなり似た設定で始まったのだ。それでなんだか疲れて中断してしまっている。

平野啓一郎の作品は本当にすごく好きなんだけど、同じゼミで同じ教授に学んでいたということがまざまざと感じられてしまって素直に読めない。それがめちゃくちゃ悲しい。自分の運命を呪うとすればこのことが一番に来る。そのような作家とほんのちょっとでも発想が被ったのは、喜ぶべきことかもしれないが、やっぱり複雑な気持ちなのだ……わたしは、あの偉大な作品を前に、きっと跪いてしまった。

でも今この記事を書いていると、書き出しの設定こそ似ているかもしれないが、その後の展開は全く違うのだし、そもそも自分が本に求めるのは物語というより語り口であるのだから、またそろそろ続きを書いてみても良いのかなあという気持ちになってきた。

それだけを言いたくてこの記事を書きました。

やはりわたしにとってブログという場は、なんでも話せる信頼の置ける人間のような存在なのだと思う。

それはすなわち記事を読んでいるすべての人間を、あるいは読む可能性のあるあらゆる人間をそのように信頼しているということなのでしょうか?

いやいや違うはず、そんなわけないよねえと思う。なんで全体に公開してる場が自分にとってこんなに親密な場になるのか本当によくわからないですね。まあいいや。

千葉雅也『意味がない無意味』

◆ プラハ行きの機内にて

3月末、演奏のためにプラハに行くことになり、久しぶりの国際線に乗ったものの心の中はあまり愉しくはなかった。
プラハという歴史的な街について一冊の本も読むことなくそこへ行こうとしていることへのどうしようもない罪悪感、そしてこれから演奏する作品を自分の納得のゆくように解釈できていないまま本番を迎えようとしていることへの焦燥感が、KLMのジェット機で関空を出発したばかりのわたしを苦しめていたのだ。

「勉強していないこと」へ謝りたくなる気持ち。それが相手へのrespectを欠く行為であるような感じ。
旅行するときや、演奏するときばかりではない。
コンサートホールの客席で、映画館で、美術館で、芸術と呼ばれるものに向き合うとき、いつも齎されるこの「申し訳のなさ」。
果たしてこの感覚は、本当に正しいのか? あるいは、持つべき感覚なのだろうか。

そんなことを漠然と考えていたわたしが、プラハ行きの飛行機でこの本を読むことができたのはかなりの僥倖だった。
なぜなら、わたしはこういう種類の本を読むと高確率で救われるからだ。よく、読みやすい種類の哲学の本を自分勝手に読んでは涙を流して感動している。
頭脳も性格も哲学にじっくり取り組めないたちで、それが悲しいこともよくあるけれど、だからこそ簡単に救われることができる。短所はときに長所になるのだ。

◆ 非人文学的 Non-Humanities

この本には数々のテーマが短篇集的に収録されているが、今回、初めにわたしを感動させたのは「思弁的実在論と無解釈的なもの」に出てくる〈非人文学 Non-Humanities〉という概念である。

「非人文学の方へ、それは、飽くことなく解釈に解釈を重ねることを絶対的に中断することに他ならない。(中略)何かを〈置き換えること〉一般としての解釈がまったく無効になる。秘密を秘密としてどのように取り扱うかが問題となる」(p.150)

なるほど、解釈を中断するという選択肢があるのか、と思った。

半ば強迫的に解釈を目指してしまうこの癖!
なんとか解釈し、わかりやすく噛み砕き、他のなにかに喩えてみせることが絶対に良いという観念のもとでこれまで生きてきたのだ。解釈することが学ぶことであるような感覚もあった。人文学は確かに解釈ばかりしている。

しかしそれは少し苦しい、つらいことなのだ。解釈することの意味を見失いそうになっては、必死で異なる側面から別の意味を見出す(つまり、別の層で解釈をし直す)。
その繰り返しが人生ならばいっそやめてしまいたいとすら思うこともあった。

では、解釈を重ねることを絶対的に中断する、とはどのようなことなのか?
このときのわたしは、一瞬でも良いから解釈のループから抜け出したい、そういう気持ちだった。「街の歴史を自分なりに解釈し、自分の人生の中に意味付けなくてはならない」「フレーズの持つ意味を理解して表現しなくては」このような強迫観念から一刻も早く逃れたかったのだ。

どうやって非人文学の方へ?

オブジェクト指向存在論的なやり方として挙げられている「ものの列挙」「思考停止による思考」という単語。
それを見て、わたしの頭には「演奏がものすごくうまくいったとき」にだけ得られる次のような感覚が思い浮かんだ。

(わたしの感覚的な身体は交通事故に遭った瞬間のように宙に浮いていて、遠いところから奏者と指揮者と観客と、そして音を眺めている。 音がただ音としてそこに、一瞬の奇跡のように配置されて「ある」。 音楽にはっきりとした触り心地がある。 小節線や音符の旗のような、音を時間の中に意味づけるための記号がすべて消え失せているし、作曲された当時と今とを隔てる時間の壁もなくなる。 音楽そのものがあまりにも当然に目の前にあるので、どうにか意見をすり合わせるために言葉で交わした議論やたとえ話がすべて馬鹿らしく思える。 何かが急激に腑に落ちる。今となってはうまく言い表せないけれど、「それがただそこにあるということが本当に起こるのだということ」がわかるような。 そして、ここがどこで自分が誰なのか、隣の人が誰なのか、また、今自分が演奏しているのがいったい何なのかということは、あまりわからなくなっている――)

これは多分、「人文学」よりは「非人文学」に近い感覚だと思う。あらゆる解釈を嘲笑うようなこの体験の中では、「置き換え」が一切起こっていないような気がするのだ。

◆ 非人文学と人文学との並立

では、このありありとした感じを常に目指せばよいのだろうか?
それはきっと違う。解釈が必要なときだってあるはずだと思う。

そもそも、ものを解釈する癖というのは人間として生きている限り誰にでもあるのだ、生きているうちのほとんどの時間、周りを取り囲む世界に対してある特定の意味を見出し、何かしらの解釈をしていなければ人は気が狂ってしまうとわたしは思う。
(「意味の有限化」は、本書では「解釈」とは別のこととして語られているのかもしれないが、わたしにとってその2つはかなり近い行為であると思う)

しかし、そうして生活するちに、解釈には終わりがないことがわかってくる。それはあまりにもしんどい。無限回廊だ。中心に何があるのかわからなくなってくる……


今思えば、わたしはずっと次の2つの間で揺れてきた。

「知識がなくても音楽が良ければOK」vs. 「演奏を裏付ける知識こそが重要」

前者は後者からするととても暴力的な感じがする、だけど、あの「うまくいったときの体験」をしてしまったら、後者の考えだけに立脚するのはバカバカしく思えてしまうのだ。
(音楽が「良い」というのもひとつの解釈なのかもしれないけれど、この良さというのはもっと圧倒的な体験を齎す感じ、というか?)


そこで、本書が提案してくれるのが「非人文学と人文学との並立」というものだ。

因果性と善悪がたしかに作動している(人文学的な)状況が、同時に、無因果的で無倫理的な(非人文学的な)面を持っていることを認めることが提案される。

わたしはこの提案にこそ本当に救われたのだ!

この社会を、非人文学的な無解釈的なレイヤーと人文学的な解釈的なレイヤーとで、二重に考察できる、そのような可能性があるということ。
本書によると、わたしたちには時空的な制約があるから、関係−構築の解釈を無限に続けることはできず、解釈はいずれ中断される。
その中断は二重の意義を帯びており、一方では終わらない解釈の再開のための中断であり、他方ではわたしたちの有限性を超えたところにある真正なる中断であるという。後者については次のように述べられている。

「最後の答え(必然性)を与えるのではなく、絶対的に事実的である何かを前にしての〈思考停止としての真理〉に直面することで解釈を終わらせる、そのような真正の中断」(p.159)

わたしはこれを読んで、ほんとうの中断のときに目の前にあるのが「絶対的に事実的である何か」であるというのが嬉しかった。
無限回廊のその先に、最後の最後にやっと見える何かがあるのなら、報われる気がする。それが、ひどく余所余所しい無関係な他者であっても、理解に苦しむような暴力的な何かであっても……いつか、「そうだったのか!」と思いたいのかなあ。


先程の引用に続く次のことばを読んだとき、わたしはこの文章で一番泣きそうになる。

「おそらくは、この後者の面に、諦めや赦しの可能性が宿っている」(p.159)

「諦めや赦しは、解釈を続けながら同時に、無因果性と無倫理性のリアリティを(しぶしぶでも)認めるのでなければ、不可能ではないだろうか」(p.159)

そうだ、そうなのだ、としか言えない。

諦めや赦しは善悪を超えている。そして善悪はいつも必ず解釈側にあり、しかし解釈側があるからこそ無解釈の側で諦めや赦しが発生する。

無限の解釈修行を続けながらも一瞬、無解釈の世界を見遣ること、または無解釈の世界に迷い込むこと、わたしの体験した「うまくいったときの感じ」はきっと諦めや赦しと同じ境地にある何かだったのだ。だって諦めも赦しも、あれと同じようにとても気持ちいいのだ。

◆ そういう考え方もあるよね

結局、プラハの街についてはあまり勉強せずに行ったおかげで、目に映るものをそのまま美しい、と思える機会が多かった。
演奏も少しはうまくいった。少しだけあの世界が見えそうなときがあった。


本書には「非人文学/人文学」の他にも、何かを並列させるという考え方が頻繁に登場する。

オーケストラがプロとアマチュアの混成であり、さらに日本人とチェコ人とチェコに住む外国人との混成であったこと、非・被災地で被災地の復興を願ったということ、いろいろなことが複数の極を持つような今回の旅の初めにこの本を手にとって本当に良かった。

このようなことに関しては「分身」という考え方も素敵だし、役に立った――これ以上は長くなるので、本を読んでください。


帰りの飛行機で、窓の外をふと見ると柔らかそうな雲がゆったりと広がっていた。
こちらが雲を何の形に捉えようとも、雲はわたしを何にも喩えることがないのだろう。そのことにわたしはなぜか安心した。

そしてなぜか、ハイデガーを研究していた友人の「そういう考え方もあるよね」という口癖を急に思い出した。

2つ以上のレイヤーが並列していない限りそこに間(or 差, 距離?)ができることはない。そして、そのようなものがなければ見えてこない何かがある。
そんなことは、きっと多くの人がずっと昔から言っていることだろう。でもわたしはそれを、今回の読書と旅を通してやっと実感できたように思う。

「そういう考え方もあるよね」というのは、今思えば偉大な言葉だった。

村上龍『愛と幻想のファシズム』

夫に勧められて、貸してもらって読んだ。どうしようもない気持ちになるけれど、面白いよ、と。


村上龍を読むのは何年ぶりだろう?
たしかに面白い。
断定口調の短文が読点で連なってゆく文体は、スピード感と重みを同時に伴い、有無を言わさぬ強さを持つ。


しかしながらはじめのうちは、
「登場人物のうちの誰にも感情移入できない小説だなあ……」
そういう違和感があった。


それが、上巻を終えて下巻に入る頃には、
「わたしにとって共感できる登場人物が存在しない、ということではない」
「わたしの中にすべての登場人物が存在するのだ! だからある特定のひとりに感情移入することができなかったのだ」
と気がついた。


つまり登場人物たちは物語の中というよりもむしろ、読み手である「わたし」というひとつの主体の内側にいて、結託を目指し、分裂し、憎み合い、殺し合っているように感じる。
そして、物語が進むに連れてじわじわと、わたしという主体がただひとつの質感にまとめられてしまうような感覚を覚える。


小学校の図工の時間、パレットにある絵の具をすべて混ぜてみたあの感覚!
この小説を読んでいるときに感じる粘っこい不快感の正体はこれだ。


はじめは多彩だったはずの内的世界で、複数の色の輪郭が互いに溶け出し、曖昧なマーブル模様が生まれてから徐々に一色の暗い色になる。


そうして最後のページに辿り着いたとき、
なんということだろう!
一瞬だけ輝く鮮やかな色があるのだ。


自分にとって、フィクションを読むということの意義を感じさせる作品であった。

町田康『スピンクの笑顔』

スピンクシリーズの最終巻。

このシリーズは、スタンダードプードルのスピンクによる一人称で語られる。
スピンクは犬なので自分で文字を書くことはできない。
そこで、主人公・ポチ(=町田康?)の脳に直接語りかけることによってこのシリーズを執筆しているのだ。

スピンクという犬は実際に町田康と共に暮らしていて、2017年6月27日にこの世を去った。


▼町田康による鎮魂歌もある。

本の最後に語り手自身が亡くなってしまう、そしてそれが現実のことであるというのをわたしは読む前に知っていた。
その上でこれを読み始めるのはやはりつらい。

そういうわけで、買って以来なかなか手を付けられず積んであったのだが、ようやく今月読むことができた。


これまでのスピンクシリーズ(『スピンク日記』『スピンク合財帳』『スピンクの壺』)を通して、わたしたち読者が長く親しんできたスピンクのあの文体。

最終章はついに、それではない、別の語り口で綴られる。
その口調は、取り乱すことなく、優しく丁寧であり、それでいてそこはかとなく寂しく、スピンクへの気持ちが言葉の端々に滲み出るようなもので、わたしはどうがんばっても泣くのを堪えられなかった。


誰かの死に際してわたしたちには大きな悲しみが訪れる。
それは死者自身に対してではなく、遺された自分や誰かに向けられた悲しみだ。
親しい者の死自体ではなく、それによってもたらされた、自分たちのこの現実が悲しいのだ。

そしてその悲しみは、いつも穴の形をしている。
誰か近い人が死んだとき、自分の身体や、自分の部屋や、見慣れた景色に穴が開くのをわたしは感じる。
昨日まであったものが今日はそこにない、そういう種類の穴。

「スピンクがいなくなって、家の中が静かです」
帯に採用されたこの一文が、それをいちばんよく表している。


今回スピンクという、一度も直接会ったことのない犬が死んで、久しぶりにその穴が自分の真ん中にぽっかりと現れた。
そういう穴は、誰かが死んだら必ずいつもあく。
けれども、それを通して自分の中に吹き込んでくる風の温度や質感は、不思議なことに死者によって異なる。
この本の読後わたしの中には、驚くほど穏やかなパステルカラーの風が吹いた。


死者に花を手向けたくなる気持ちが、自然に生じたのははじめてのことだった。
まっすぐに立つ、茎の細い、一輪の黄色い野花がいい。
あのピンク色の耳と飄々とした性格に、それがとても似合う気がした。


▼参考:その他のスピンクシリーズ