輪針で往復編み、良い

輪針セットを買いました!
たぶんもう今後まっすぐの棒針は買いません!


「輪針が棒針の代わりになる」っていうのは、なんとなくそうなんだ〜、程度の情報としては知っていた。

でも、よく考えることもせず……
往復編みするならやっぱ初心者は普通の(?)棒針がいいんじゃないのかなって思っていたんですよ。


それでこの前お友達と棒針編みの話をしてたら、彼女は最初から輪針ですべてをやっているらしい。

詳しく教えてもらって、やっと理解できた。
往復編みは、輪針で編んでも棒針で編んでも原理は同じだということ!
このブログにわかりやすく書いてありますね)


◆ 輪針セットが良いらしい


友人が言うには、「輪針セット」というものが1つあれば、棒針編みはほぼすべてカバーできるらしい。
輪針セットというのはあらゆる太さの針といろんな長さのコードが入っているもので、それらを組み合わせることで様々な輪針を作ることができるらしい。

これから買って、もし本当に今後棒針を買い足さなくて良いのなら、今輪針セットを買うのが最も経済的です。


編み針って安いのもあるけれど、やっぱり高価なやつにしないとだめだと思っています。

100均の針を一回買ったことあるけれど絶望的に滑りが悪い。針先の角度が終わっていた……
あと、編み針っていうのは太さの規格がありますが、安いのは多分個体差が大きいんだろうなと推測しています。

高価なので、できるだけ不必要なものを買いたくない。
でも、使いやすいものを持ちたい。


しかし、編み針というのはいろいろなメーカーのいろいろな製品があって、
重みや長さや角度や材質などが少しずつ違っていて、選ぶの本当に難しいんですよねえ。

それらを自分で全部試せたらいいけれど、さすがにそういうわけにもいかないし。
実際にその針を使っている人に使用感を聞くのが一番です。


◆ Carry C Longが良いらしい


で、友人のおすすめは
チューリップ社が出している「CarryC Long(キャリーシーロング)」ていう輪針セット。
けっこう評判が良い輪針セットだということでした。


その後、自分でもいろいろな輪針セットについて調べてみると、
確かにこのCarryC Longにはたくさん優れた点があることがわかりました。

・針の付け替えが簡単(ネジ式)
・接続部分がなめらかで糸が引っかかりにくい
・付属のアダプターでコードの延長ができる

そして、他の製品に比べてとても優れた点がこの2つ↓

・コードが回転式
→編んでるうちにコードがねじれることがない!

・針が長く、持ったときにジョイント部分が手のひらに当たらない
→まっすぐの棒針と似た使用感!
→針やジョイント部への負担が少なくて、折れや外れが防げる!


材質的にも、わたしは竹の針が好きだし(金属は使ったことないけど冷たそう)
竹針4〜15号と、コード50,60,80cm+アダプターでの延長があったら自分の作るものには大体対応できそう。

しかもなんか近々(明日から??)チューリップ製品がすべて値上げされるっぽくて、楽天とかでは「値上げ前の最終価格!」みたいな売り方されてて。

思い切って購入しました。


◆ CarryC Long 使用感


そして先日届きました。
使ってみました。

「なんでもっと早く買わなかったんだ!?」
ていう感じでした……


上に挙げたCarry C Longの長所は評判通り。
さらに、使っていて気づいた輪針の良さもあった。

当然ながら編み物は1日では終わらないものが多いので、ちょっと休ませておくという時間がけっこうある。

そのときに輪針だと、真ん中のコードの部分に編地を寄せて置いておくことができる。
そして、この状態だとすごくコンパクトなんですよね。
CarryC Longの針が長いと言っても、もちろん普通の棒針に比べればすごく短いです。
そしてコードは曲がるから、くるっと巻いて置いておくことができる。


さらに輪針で休ませておくほうが、棒針で休ませておくよりも抜ける危険が少ないです。
この輪針セットにはネジでとめるストッパーも付いているので、移動するときはストッパーにしておくともっと安全。


わたしはモバイル編みをけっこうするのでこのコンパクトさと抜けにくさ、有難い。
本当に買ってよかった〜〜〜


今編んでるのはコットン100%の春〜秋用ベスト。
今まで編んだのは小物ばかりで、大物をちゃんと完成させたことないので、これをまず完成させることが次の目標です。

またブログにも途中経過を書くかもです。
シャツとベストっていう服装が心地よい季節に、間に合うように完成させたいな。
がんばります。

日記 2019/02/20

外に出ると空気が温かった。昨日からの急な気圧の下がり方はひどいし。
こういうしんどい日によくブログを書いている気がする。


生まれた季節への拘り、愛着。わたしの場合は5月生まれで、5月が大好きだし、季節の中では春が一番好きだ。
今思い返せば、本当に幼いときには、今のような気持ちはなかった。

ではいつから5月や春を愛し、その到来を楽しみにしていたのかというと、
それはシューマンの《子供のためのアルバム》の中の一曲、《愛しい5月よ、お前はもうすぐやってくる Mai, lieber Mai, bald bist du wieder da!》に出会ったその瞬間からである。

次に弾く曲として先生からこの曲を指定された日、楽譜を買ってもらい、家のピアノに座り、まじまじとタイトルを見たそのとき、わたしは一瞬で5月のことが大好きになった。

なんてきれいな言葉なんだろう!
月の名前に「愛しい」という形容詞を付けてよいのだということを、わたしはそのとき初めて知って、衝撃を受けた。
そして、そんな形容詞を冠された5月に自分が生まれたということを、心からうれしく思ったのであった。

先生がよく話してくれた、日本のそれとは全く違う、ヨーロッパの春。
暗い冬をじっと耐えたあとに生命すべてが歓喜する春、それを精一杯思い浮かべながら練習したことをよく覚えている。
その曲はほんとうに自分の知っている5月のイメージと違いすぎて、とても難しかったということも。

こんなに大切なことなのに、わたしはまだ、ドイツでの春の訪れも、5月のことも体験できていない。
いつか知らなければいけないと思っている。


イロニーとフモール、アイロニーとユーモアのことが未だに理解できていない。
シューマンの《フモレスケ》を分析しようとしていた頃、彼にとってのフモール(ユーモア)概念をわかろうとしてジャン・パウルを読み、その全然わからなさに挫折して以来今もわかっていない。

この前、國分功一郎がテレビで、昔の笑いは嘲笑がメインだったみたいなことを言ってた。
イロニーやフモールがいつから笑いというものと近づいているのかすらわかっていない。
笑いというのも哲学の中で大きなテーマだと思うが不勉強である。

とにかくこういう一連の概念、とても理解したいのに、理解できていなくてもどかしい。
またマーラーの交響曲第4番をやるにあたって、あの曲がフモール的であることはなんとなくわかっているのだが……フモール、イロニー、その全体像がわかりきらない。


この前コンビニに行くとおでんの香りがした。
大学時代、練習を終えて、凍えるような冬の深夜にコンビニに寄ったときのことを鮮明に思い出した。
一度も食べたことない食べ物が記憶の中で存在感を持つこともあるのだ。


編み物という行為について。
すでに存在する糸を編んで何かにしてゆくという行為は、すでに存在する思考を文章にしてゆくこととかなり近いと思っている。

リズミカルであることも共通している。

これは前にもどこかで書いた気がするが、わたしは何か文章を書く際に、筆記音の出やすい筆記具か、キーボードでしか書くことができない。
その音を聞きながらでないと、どうしても次が書けないのだ。

そういう自分の筆記音を聞いているとき、それを生み出している自分が、どこか自分でないような心地がする。
編み物がうまくいっているときにもそういう感覚があって、それがわたしにとっては心地よい。
小学生の時、一日遊び疲れて、帰る前のHRで連絡帳を書いているときの、
「これは誰が書いているんだろう? 誰がわたしの手を動かしているんだろう?」 という、毎日感じていたあの懐かしい感覚。

今度、友人と一緒に編み物をすることになった。
何人かの友人が編み物を趣味にしている。
一緒に編み物をしたいな、と思える人というのは、わたしの中では、一緒に何かを書いてもいいなと思える人にほかならない。
どうしても、書くことと編むことは似ているという考えから離れられない。