2020/03/28

日記とエッセイ

朝起きてごはんを食べ、かねてからの計画通りチーズケーキを焼く。さんじのおやつには冷めて第一の食べごろを迎えるだろうという算段である(第二の食べごろは明日)。

今日わたしがやるべきことは「チーズケーキを焼くこと」ただそれだけだった。任務を終えたという達成感、そして低気圧の呪いの両方によってほとんど液化されてしまいそうだったので、明るいうちからワインを開けてだらだらすることにした。野菜の切れ端を炒めて卵とじみたいにしたやつを昼食代わりに食べながら白ワインをたくさん飲み、ゲームをしたりスマホをいじったりした。

夕方からは沼野充義先生の最終講義配信を拝聴。文学(をはじめとする芸術)そのものや、そしてそれに真摯に向き合う人のありかたに励まされる。先日、岡田温司先生の最終講義でもこういう感情が湧いた。それ以外にも、これまでに何度も抱いた今みたいな気持ちをこれからも何度だって抱き直さなくてはならないのだと思う。わたしを受け止めてくれるもの/人は確かに存在するのだ、という思い。

人間は弱いということを自覚する必要がある。そしてその弱さを受け止めるのは文学なのである。今の政治家はこの弱さを受け止めていない。コロナ禍についての質問に対して、沼野先生はこのようなことをおっしゃった。

講義の後に首相の会見を聞こうとしたけれど、語り方に差がありすぎて無理になって消した。文学やそれについての研究が役に立たないものだという言説は大嘘なのだと改めてはっきりとわかる。少なくとも今日のわたしを救っているのは首相の言葉よりも沼野先生の言葉のほうである。

しかしあの講義を聴いた後には、このような社会のシステム自体が、全部ばからしく思えてもくる。そういう視点を忘れてはいけないなあ。なんていうか、ピントを遠くに合わせる時間を意識的に取る必要がある。それを現実逃避だという人のことは放っておけばいいと思う。わたしにとっての現実はあなたにとっての現実と違う、と言いたいことがこのごろたくさんある。

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